【TIFF】リアリティー

TVのオーディションに出た男の夢と現実

(第25回東京国際映画祭WORLD CINEMA)
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空から街をなめるようにキャメラがナポリの街を捉える。遠くにヴェスヴィオス山が見える。段々地表に近づいてきて、捉えたのは一台の馬車。御者は、何やらバロック風の大仰な衣装を着ている。お城のような建物に入っていくと、これがなんと結婚式のセレモニーだったことがわかる。この映画の前半部分は、ナポリを堪能できること請け合いだ。街並みは、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の『昨日今日明日』(63年)の頃とほとんど変わらない。明るい太陽、狭い石畳、ベランダから大きな声でおしゃべりする人たち。活気のある小さなお店の商店主たち。『昨日今日明日』では、マルチェロ・マストロヤンニの家の家具を差押に来た人たちを、近所の人たちが集まって追い出したものだったが、本作でも、テレビ番組のオーディションに行った主人公ルチャーノ(アニエッロ・アレーナ)一家のご帰還を、まるでスターが凱旋でもしたかのように、近所の人みんなが出迎える。そんな昔と変わらぬ下町の人情に、どこか懐かしささえ覚えてしまう。

ルチャーノがオーディションに応募した番組というは、イタリア版「ビッグ・ブラザー」。外部から隔離された家に、3ヶ月くらいの期間、素人数十人の男女を共同生活させ、その模様をお茶の間に流すという番組だ。すべての場所にカメラとマイクが仕掛けられており、視聴者からの人気投票によって、勝ち抜いていく。勝ち残れば残るほど、出演者の賞金は伸びていくので、一攫千金も夢ではない。有名になれるのと同時にお金持ちにもなれるという、出演者にとっては、一生に一度の大チャンスである。

オーディションを受けたルチャーノは、番組出演の夢にとりつかれてしまう。近所の人たちの大仰なお出迎え、広場のバールのお兄さんの熱心な応援、前半の下町の人情は、実はこの皮肉な結果のために用意されたものだったのである。それがため、調子に乗って大切な店まで売ってしまった彼は、もはや引き返すことが能わず、現実逃避するしかなくなったのだから。彼は、実生活がテレビ局の人に監視されていると思い込み、やがてはオーディションに落ちたにも関わらず、すでに番組が始まっているという妄想を抱くまでになってしまう。こおろぎにまで小型カメラが隠されていると信じ込み、その前でポーズをとって見せれば、小さな虫がちゃんと彼のほうに首を傾け、視線を向けているように感じられるのである。ある意味、映画の冒頭の結婚式だって、新郎新婦は、王子王女様気分に浸っていたはずである。現実とは違った自分になりたいという願望。ただ違いは、夢は夢、現実は現実と把握しているかどうかなのだ。

そもそもテレビのリアリティショー自体、やらせか、本物かで常に論議を呼んでしまうものだが、夢と現実、虚実と真実この違いはどこで見分ければよいのだろうか。本作を観ていると、そんなことを考えさせられる。今の世界は、ニュースでさえ、疑ってかからなければならないような時代なのである。リアリティーがあるからといって、それが真実とは限らないのだ。また、ネットやゲームの世界は、現実とは違う自分になれる可能性を秘めている。そんな中で私たちは、虚と実を判断しながら毎日生きている。ルチャーノはある意味、そうしたストレスから開放された人なのだ。リアリティーがあると感じるものがすべて真実。人は誰でも自分が信じるものが真実であると願うもの。そういう意味で彼は、ユートピアに生きる人である。ラストの彼の幸せそうな顔は何よりそれを物語っている。この作品は、そんな彼を通した現代の寓話なのだ。


▼作品情報▼
原題:Reality
監督:マッテオ・ガローネ
撮影監督:マルコ・オノラート
音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:アニエッロ・アレーナ、ロレダーナ・シミオーリ、ナンド・パオーネ
製作:2012年/伊・仏/115分
第65回カンヌ映画祭グランプリ受賞作品
© Fandango – Archimede – Le Pacte Garance Capital 2012

▼第25回東京国際映画祭開催概要▼
日時:平成24年10月20日(土)~28日(日)
六本木ヒルズ(港区)をメイン会場に、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
TIFF公式サイト:http://2012.tiff-jp.net/ja/

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