【TIFF】『ライフライン』:モハマド・エブラヒム・モアイェリ監督Q&A
10月23日(火)、六本木ヒルズにて開催中の東京国際映画祭で『ライフライン』(アジアの風部門)上映後、モハマド・エブラヒム・モアイェリ監督が登壇し、Q&Aが行われた。
これは、送電線の鉄塔を立てる男たちの話。その中のふたりの若者が物語の主役。ひとりは、大学で論文を書くための実地研修のため、都会から故郷に戻ったエムラン。もうひとりは、地元で10代の頃から働いてきた叩き上げの作業員サマン。育ちのまったく違うふたりだったが、仕事を通じて友情が生まれてくる。ところが、ふたりが同じ女性に恋をしたことから、高い鉄塔の上に不穏な空気が流れて…と、従来イラン映画に抱いていたイメージとは、ほんの少し異なる作品である。
観ていて、英国映画の『マイ・スイート・シェフィールド』(88年)を思い出した。こちらは、鉄塔のペンキ塗りに体を張る労働者たちの話だったのだが、労働者同士が、やはり三角関係になってしまうのである。また、高くて危険なところと言えば、空中ブランコを題材にした映画も、なぜか三角関係のドラマが入り込んでくることが多い。
この点についてモアイェリ監督は、「人間は自分の生活を向上させるために、一所懸命になるあまり、自然を破壊するなど失うものもたくさんあるのです。この作品は、自然と人間とテクノロジーを三角関係にして語っていきますので、その中では生まれるドラマも愛の三角関係というわけです。」と語っている。三角形の関係と高さというのは、その不安定さにおいて、どこか共通するものがあるのかもしれない。こうした発想の原点は、宗教、文化に関係なく通じているようにも思える。
三角関係を扱った他の映画では、女性がどちらの男性を選ぶかはっきり意思表示するのだが、この作品では、そうした場面はない。ただ、エムランのほうが母親を通じて、彼女にきちんと交際を申し込んでいるのに対して、サマンのほうは、そうしたことをきちんとしていない。その辺にイランの文化がよく出ているように思ったのだが、モアイェリ監督は「エムランとモルードのふたりが水辺で話をしている場面、対岸に花嫁の姿をシンボリックな形で写すことで、彼女の気持ちを代弁させています」とそれについて語る。やっぱり表現が奥床しいのだ。
映画の中では、自然保護といったテーマが意識される場面がしばしば現れる。男たちが捕まえたキジを森に帰してやったり、水辺から離れた沢ガニを池に放してやったり。ラジオからは、自然破壊による地球温暖化や食料危機のニュースが流される。モアイェリ監督はその辺をやはり意識していたようだ。
「ロケはカスピ海のほうでしていますが、こちらには森が多いのです。今全世界的に問題になっている自然の破壊なのですけれども、カスピ海の森もテクノロジーに脅かされて自然破壊が進んでいます。自然破壊を語ろうとしたら森をテーマに作ったほうがいいかなと思ったのです。で、森の中で一番自分の知っているところというのは、鉄塔を立てる男たちというわけだったのです。というのも、私は、この地域から20キロメートルくらい離れた町に住んでいました。この仕事をしている人たちが身近にあった。色々見聞きしたし、話も聞いていたのです。」
そんな身近なテーマでもモアイェリ監督は、リサーチを綿密にしたという。確かに、男たちの作業の様子、問題への対処の仕方、親方と作業員たちの関係、作業員たちのチームワーク、こうした細部の積み重ねがこの作品の魅力になっている。
「この映画を作るにあたっては、たくさんリサーチをしまして、40時間ほどのドキュメンタリーを撮っているのです。鉄塔を立てているところを見て、この話を書いたのですが、実際に危険な作業で、毎年のように犠牲者も出ています。ドキュメンタリー的な面も持ちながら、映画的な話も入れていこうと思って、大体間をとってこの映画を作ったのです」
Q&Aの途中、観客席で映画を観ていた、アミール・ナデリ監督(『CUT』)が、突然監督に対して質問をはじめる。珍しい光景である。大先輩からの質問にモアイェリ監督は、多少緊張気味か…。
ナデリ監督 「鉄塔に登って作業しているところの編集、音の使い方がうまかったですね。これは最初から編集を考えた上でストーリーを作ったのでしょうか。特に、採石場の埃の中で作業をする大変なシーンの、編集、音、映像が素晴らしかったのですが」
モアイェリ監督 「基本的には、脚本を書いている段階で編集を考えた上で、書いたのですが、埃の中でサスペンスを出そうとしたシーンは、実際現場に行って、撮りだしたところで、自分の頭の中で編集が変わりました。また、デスクでの最後の編集の段階でも最初考えたところと変わったりもしたんですね」
ナデリ監督 「サマンは壊れかかった映画館の中から、惚れている彼女のお店を見ているのですけれども、それはどうでしょうか」
モアイェリ監督 「映画館はロケした町で実際にあのままあったものなのですね。シンボリック的な考えでは、サマンは勉強をしていない、エムランは大学を卒業しています。サマンはエムランに対して自分を持ち上げたいという気持ちもあるのですが、映画館にいるだけでは…という意味ももたしてあります」
Q&Aの中で、モアイェリ監督は、盛んにシンボリックな意味を持たせたという言葉を使っているのだが、名前についても、「エムランについては、これから発達、モダンな世界を作っていこうみたいな意味があるのです。そもそも彼は、大学で卒論を書くために労働者たちに混じって作業をするのですが、その知識でもって、作業の危険性を減らしていこうという考えをもって、彼はこの現場に入っているのです。それで彼の名前をエムランにしました」とのこと。物語はドラマティックに、ただあくまでも描写はドキュメンタリー風に、そしてそれぞれの場面にはシンボリックな意味をまぶして、この作品は出来上がっているのである。 次回作はまだ製作は決まっていないが、送電線を繋げる作業に従事する男たちの話にする予定だという。場所は打って変わって砂漠地帯。「鉄塔を見ていると、それが人に見えてきて色々な物語のイメージが湧いてくるのです」というモアイェリ監督。これからも自然保護と、鉄塔と人間の三角関係のドラマを作り続けていきたいとのことだ。今度はnatural TIFFで彼の作品が観られるかもしれない。
▼作品情報▼
原題:Lifeline [ Galoogah ]
監督/脚本/編集:モハマド・エブラヒム・モアイェリ
撮影監督:ナデル・マス
出演:ハディ・ディバジ、ラダン・モストウフィ、カムラン・タフチ
製作:2011年/イラン/90分
▼第25回東京国際映画祭開催概要▼
日時:平成24年10月20日(土)~28日(日)
六本木ヒルズ(港区)をメイン会場に、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
TIFF公式HP:http://www.tiff-jp.net