【TIFF】シージャック
(第25回東京国際映画祭・コンペティション部門)
インド洋沖でデンマークの商船がソマリアの海賊にシージャックされる。その事件解決までの息の詰まるような状況を、船員の側から、会社の側から描いた作品である。もちろん『エクスペンタブルズ』のようなアクション映画ではなく、あくまでも当事者の心理描写に重きを置いたのは、デンマーク映画、『光のほうへ』(トーマス・ヴィンターベア監督)の脚本家でもあるトビアス・リンホルム監督だからこそと言えよう。
観終わった後から考えると、この作品で象徴的だったのは、冒頭でデンマークの船会社の重役と日本の商社が契約の交渉をしていたことである。「1200万ドルで、いやいや800万ドル、500万ドル」予めお互いにハッタリの金額を出しておいて、相手の腹を探り、ある時は脅したりすかしたりして、お互いの有利なところに金額を持っていこうとするこの交渉術が、シージャックとの交渉過程と同じであったことに気がつかされるのだ。確かに、ソマリアの海賊はビジネスなのである。
海賊行為に対して、直接交渉に当たるのが、国ではなく船会社自身であることに驚く。ソマリアのシージャックが政治的要求のために動いているのではなく、あくまでも金目当てだからである。その点、交渉に当たった本作の船会社の社長は、責任感の塊みたいな人物で好感が持てる。雇ったアドバイザーに交渉を専門家に任せるように言われて、船員の命を守ることは社長の責任と、あくまでも自分自身が矢面に立つことに固執したその態度。そして言ったからには覚悟を決め、交渉に当たっては常に冷静かつアドバイザーにきちんと従った行動を取り、被害者の家族に対しても真摯な説明をしたところ、ホレボレしてしまう。そんな彼でも、時にはひとり憔悴し、感情的になることもある。責任を持つということの重さ、そしてトップであるがゆえの孤独が身に沁みる。
ただし、船員たちからすれば、そうした事情はわからない。狭い部屋に閉じ込められ、トイレも使わせてもらえないことは、はなはだ苦痛だし、わけのわからない言葉を叫んで銃を頭に突きつけられ、常に死の恐怖と隣合わせにさせられている。その上、ソマリアの民族音楽がいつも大音量で鳴り響いているのも拷問のようになってくる。これを数カ月も続けられたら、精神に支障をきたさないほうがむしろ不思議だし、会社に対して不信感が湧いてくるのも当然である。
こうした彼らの悲惨な状況を見せられていると、交渉をもっと早く進められなかったのかという疑問は残る。犯人側の1500万ドルの要求に対して、数10万ドルという答えは、どうなのだろうか。最初から高額で答えることが、彼らの要求をエスカレートさせるというはもっともなのだが、他に落としどころはなかったのだろうかと。けれども事件が解決したにも関わらず、社長も精神的に痛手を被り、助かった船員も心に深い傷を残すことになる、あのすっきりとしないラストシーンは、交渉について正解というものがないこと、この手の事件は解決すればそれで終わりという単純なものでないことを、この作品は、きちんと明示しているのである。ヒロイックなハリウッド製パニック映画とは異なる(それも好きだけれど)あくまでも真摯な作品だ。
▼作品情報▼
原題:A Hijacking [ Kapringen ]
監督/脚本:トビアス・リンホルム
撮影監督:マウヌス・ノアンホフ・ヨンク
音楽:ヒルドゥル・グズナドッティル
出演:ヨハン・フィリップ・アスベック、ソーレン・マリン、ダール・サリム
製作:2012年/デンマーク/99分
© Nordisk Film 2012
▼第25回東京国際映画祭開催概要▼
日時:平成24年10月20日(土)~28日(日)
六本木ヒルズ(港区)をメイン会場に、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
TIFF公式サイト:http://2012.tiff-jp.net/ja/
2012年11月2日
「シージャック」 第25回 東京国際映画祭コンペティション作品…
東京国際映画祭いよいよ開幕!ということで、コンペティションの第一回上映作品がこの「シージャック」。デンマークの商船会社の所有する船が、インド洋沖で武装したソマリア人達によるシージャックに遭遇し、身代金の交渉を巡って、デンマークの本社と海上の船との間で息詰まる折衝が続けられる。果たして交渉は成立するのか?船員達の安否は…!? 終始緊張感漲る作品である。もともとの基盤にあるものは、“金額交渉”。しかし、対象となるものが、単なる(船舶のような)“モノ”であるのか、はたまはた“人間の命”であるのか、で、その…