『天地明察』天下泰平の世に生きる人間のもがき

時は江戸、将軍に囲碁を教える碁打ちの家に生まれながら、算術や天体観測、暦術にも明るかった安井算哲。そんな彼に幕府は、800年使い続けた暦の誤謬を正し、我が国独自の暦を作る国家的プロジェクトの命を下す。本作は、天を相手に、そして暦を司る朝廷を相手に勝負を挑んだ彼の苦難の道のりを、真摯な目線で描いた人間ドラマだ。

囲碁や算術、天体や暦術と言うと、とっつきにくい題材で敬遠してしまう人もいるかもしれない。私自身、原作小説を咀嚼しながら読むのには時間がかかった。だが映画ではその心配は要らない。「北極出地」や暦術の研究の様子など、その過酷さ・困難さも含めて、わかりやすくかつ生き生きと描かれている。算哲は確かに主人公ではあるが、この大事業は決して一つの学問、一人の信念で成し遂げられたものではなく、援助者や理解者、同志といった「チーム」として機能していたからこそ達成できたことがわかる。「頼みましたよ」「頼まれました」…道半ばで離脱していく先達から受け継ぐバトン。まさにチームとしての勝利である。

しかし本作は、プロジェクト的側面にのみ目を向けていると、その下にある潮流を見落としてしまう、と私は思っている。ドラマの根底にあるもの。それは、天下泰平の世に生きる人間たちの一種の「もがき」である。

戦乱の世が終わり、安心して生活できる時代が到来したのは喜ぶべきことだが、悪く言えば平和ボケでもある。真剣勝負で戦う場がなくなり、生きる目的ややる気を失ってしまう。その象徴として描かれるのが、将軍の目前で勝負の決まった棋譜の通りに囲碁を打つ「上覧碁」だ。退屈。才気溢れる青年にとってはツラいことだ。そして、彼と同じ感情を持っていたのが、囲碁棋士の本因坊道策であり、算術家の関和孝なのである。

退屈な世界にはいたくない。己を生かせる場所を、生きる目的を見出したい。道策は、古い囲碁界を共に変えたいと願い、「星や算術にうつつを抜かすな、自分と真剣勝負を」と算哲に迫る。関は、改暦の必要性のために己の研究資料を惜しげもなく算哲に提供する。道策、関のそれぞれが、悩める算哲を一喝するシーンがあるのも興味深い。ひとつの道を究める覚悟をした人間は孤独だ。だからこそ彼らは理解し合い、鼓舞しあえるのではないだろうか。たとえ生きる道が違っても。

一方、鎖国政策を敷く日本において、そこに安穏と停滞することの危険性を察知していた人物もいる。幕府の副将軍、水戸光圀。「新しい息吹」が、国にとっても、人にとっても、前進するうえで必要なことであると語る。

『天地明察』は、時代劇というよりも、使命感を持って邁進する人々のひたむきなまなざしを描いた青春映画である。青春とは若い人のものばかりではない。「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言う」。登場人物たちはみな青春時代を生きている、そう思える作品だ。

 ▼作品情報▼
『天地明察』
監督:滝田洋二郎
原作:冲方丁
音楽:久石譲
出演: 岡田准一、宮崎あおい、佐藤隆太、市川猿之助
2012年/日本/141分
(C) 2012「天地明察」製作委員会
公式HP http://www.tenchi-meisatsu.jp/
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