こんな台湾映画見たことない!『ハーバー・クライシス<湾岸危機> Black&White Episode1 』 ツァイ・ユエシュン監督インタビュー

 ローカル色と南国情緒にあふれた芸術性の高い作品を数多く生み出してきた台湾映画界から、「ダ、ダイ・ハードか、これは?! 」と思わず目を見張るアクション満載のエンターテインメント大作がやってきた。『ハーバー・クライシス<湾岸危機> Black&White Episode1 』。台湾で大ヒットしたアクション刑事ドラマ「ブラック&ホワイト」の映画化作品だ。
 なるほど、『ダイ・ハード』を連想したのは無理もなかった。アクション監督に『ダイ・ハード4.0 』『アルティメット』等で活躍するフランスのスタント俳優シリル・ラファエリ、さらに『新少林寺/SHAOLIN』のリー・チュンチーを迎え、俳優たちがスタントなしで生身のアクションを披露する。
 また、台湾映画史上最高額の3.8億台湾ドル(約10億円)という製作費を投入し、本物の飛行機を搬入して組んだセットで撮影されたフライトアクションや、ヘリコプターによる迫力あるカーチェイスシーンを実現。とにかく全てが台湾において前代未聞のスケールなのである。プロモーションのため来日したツァイ・ユエシュン(蔡岳勲)監督は、「まだまだハリウッドのようなレベルのアクションは撮れないけれど、中華圏映画の新しい一歩を踏み出したかった」と語る。
 ツァイ監督にこの意欲作について、また、今後の台湾映画界についての思いを伺った。


 

ツァイ・ユエシュン監督

「本作のようなアクション映画はこれまで台湾には無かった類のもので、ヘリコプターや飛行機を使った特撮など、誰も考えたことすらありませんでした。でも、我々アジア人にも高い創作能力と可能性があるのです。ただ、それが技術面の後れによって制限されてきただけ。たとえ今からのスタートだとしても、挑戦を続けて経験や技術を積み重ねていけば、結果を生み出せると信じています」

 そう確固たる口調で語るツァイ・ユエシュン監督。まだ43歳、俳優出身だけありなかなかハンサムで若々しいが、ここ10年にわたり台湾ドラマ界を牽引してきたちょっと凄い人物なのだ。

 2001年、神尾葉子原作の漫画「花より男子」を「流星花園」のタイトルで日本より早くTVドラマ化し、台湾・香港・中国をはじめ東南アジアでも社会現象ともいえる爆発的な大ヒットを記録。その後も数々の大ヒットドラマを生み出し、09年に監督したチャラいイケメン刑事と熱血刑事の凸凹コンビが活躍する「ブラック&ホワイト」は、その年の台湾で視聴率NO.1という成績を収めた。

「実は『ブラック&ホワイト』はドラマを2シーズン作り、それから映画を1本撮る全3部構想で当初からスタートしていたんです。でも、ドラマを撮り終えた時、すでに大幅に予算オーバーしていて第2シーズンをTVドラマとして制作することができなくなっていた。ただ、市場での評判が非常によかったこともあって、映画化の計画を繰り上げました」

『ハーバー・クライシス~』はドラマの前日譚となるのだが、日本ではお馴染みのTVドラマから劇場版というスタイルも台湾では初の試みだった。とにかく、本作は台湾映画界にとってあらゆることが“初めてづくし”で、映画は初メガホンとなるツァイ監督にとっても越えるべきハードルは山のようにあったはず。しかし、自分の性格を「もし原始時代に生きていたら、水場や生活場所を探しに進んで外に出て行くタイプ」と分析するツァイ監督、「成功する自信があった」と言えてしまうから凄い。

「アジア全体のマーケットを見据え、あえてボーダーレスなエンターテインメント作品を撮りたかったんです。だから、俳優も台湾、大陸、香港、日本からキャスティングしてどこの国・地域でも皆が共感できる映画作りを進めました。『流星花園』の時に、“共通のドラマ言語”の重要性を実感したんです。あの作品がアジア中でヒットした理由のひとつは、原作漫画がどの国の女の子にもウケる世界観を持っていたこと。お金持ちでイケメン、そして権力もある男の子が平凡な女の子を好きになる……こういうラブストーリーってどの国の人も理解できる。ハリウッド映画はこの点ですごく成功してると思います。だから世界中どこで上映されても皆が楽しめる。今後、自分が目指す路線もこの方向だと思っています」

 この言葉からも分かるように、ツァイ監督は商業映画を作ることに強いこだわりを持っている。

「特に今、中華圏で大事なのはエンターテインメントとして価値の高い映画やドラマのマーケットを成立させることだと思っています。台湾映画界はこの二十数年間、素晴らしいアート系作品とクリエイティブな監督を輩出してきました。ただ、市場として成立していなかったんです。7~8年前が底でしたが、1年に十数本しか映画が作られないという時期がありました。アート系作品の発展も維持していかなければいけませんが、同時に商業映画の市場を復活させて観客を劇場に呼び戻さなければいけません。ちょうど今の台湾では、観客が台湾映画を観ようと戻ってきています。私は映画というのは人をハッピーにするものだと考えているので、観客に元気になれる2時間を提供したい。だから、面白い娯楽作品を作っていきたいですね」

 ツァイ監督のように、近年の台湾映画界では『海角七号‐君想う、国境の南』のウェイ・ダーション(魏徳聖)監督や、『モンガに散る』のニウ・チェンザー(鈕承澤)監督らが気を吐き、エンターテインメント性の高いヒット作を放っている。一緒に台湾映画を盛り上げていこう!というような気分は共有していたりするのだろうか?

「いわゆる同盟意識は特に持っていないですが(笑)、互いに支持し合っています。ウェイ監督が歴史大作『賽徳克、巴萊(セデック・バレ)』(来春日本公開)を撮った時には、台湾映画界全体が彼の勇気と意志に敬意を示し、全力で支持しました。ニウ監督……仲が良いのでは私は“トウズ(豆子:ニウ監督には豆監督という愛称がある)”と呼んでいるのですが(笑)、トウズとはどうすれば台湾映画を元気にできるか語り合ったりしています。今がアジアの映画・ドラマが盛り上がるチャンスだと思う。中国大陸には巨大な市場があるし、台湾と日本の関係も近しく、アジア全体のマーケットを見据えられる状況にある。私たちは、ここ数年で台湾映画をアジア市場で発展させる心の準備ができています」

 ボーダーレスな作品づくりに積極的なツァイ監督。長澤まさみが台湾ドラマに主演するなど、中華圏、日本、韓国の俳優の行き来も活発になっているが、最後に、チャンスがあれば起用してみたい日本人俳優を聞いてみた。すると、「きっと“うわっ、無理”って思われるのですが(笑)、興味があるのは渡辺謙さんと志村けんさん」という超大物“Wけんさん”の名前が。「志村さんは“国宝級”のコメディアンだから映画出演はしないかもしれないけど、もし可能ならぜひお願いしたいです」



Profile
1968年9月27日生まれ。父親は元映画監督で名プロデューサーのツァイ・ヤンミン(蔡揚名)。俳優としてキャリアをスタートさせ、やがて監督業にも進出する。2001年に監督したドラマ「流星花園~花より男子~」が大ヒット。以降、台湾きってのヒットメーカーとして数々のTVドラマを手がける。「流星花園」と「ザ・ホスピタル」(06年)「ブラック&ホワイト」(09年)で台湾金鐘奨(台湾エミー賞)の最優秀監督賞を受賞している。


<取材後記>

監督とマーク・チャオ(右)

 前例のないどんな大変な撮影でも、とにかく「挑戦するのは楽しいこと」だというツァイ監督。台湾の市場自体そもそも小さいこともあるが、アジア全体をマーケットと捉え、台湾映画界の技術革新を牽引しようという熱意に今後ますますの活躍を期待させられる。
 このインタビューの同日夜に行われたプレミア試写会には、ツァイ監督のほか、主演のマーク・チャオ、台湾を中心に俳優・モデル・ミュージシャンとして活躍するDEAN FUJIOKA、吹き替え版で声優を務めた寺脇康文が登壇。ドラマに引き続き主人公・英雄(インション)を演じたマークは、「監督から映画版への出演交渉は一度もなく(!)、気がつけばクランクインしていた。アクションシーンも自分でこなしたけど、これも監督から一度も“スタント、いる?”と聞かれることなく、もれなくノースタントになった」と恨み節(?)。これを受けてツァイ監督、「マークは取材では愚痴るけど、現場ではどんな要求にも“えっ”って5秒間固まるだけで(笑)、文句を言わずに仕事をするいい子なんです」と会場を湧かせ、2人の良い関係をにじませていた。

左からマーク、寺脇康文、DEAN FUJIOKA



(撮影=新田理恵)

ハーバー・クライシス<湾岸危機> Black&White Episode1
原題:痞子英雄 首部曲 全面開戦
監督・脚本・製作:ツァイ・ユエシュン
撮影:リー・ピンビン(『花様年華』『トロッコ』『ノルウェイの森』)
出演:マーク・チャオ(『モンガに散る』)、ホァン・ボー(『クレイジー・ストーン〜翡翠狂騒曲〜』)、Angelababy、テリー・クァン、レオン・ダイ、アレックス・トー、DEAN FUJIOKA
提供:アミューズソフト
配給:東映
2012/台湾/128分
9月8日(土)より全国公開
(c) 2012 Hero Pictures Corporation Limited. ALL RIGHTS RESERVED.

公式サイト: http://www.bw-movie.jp/
公式facebook: http://www.facebook.com/Blackwhite.movie

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