『鍵泥棒のメソッド』内田けんじ監督インタビュー :「現代のコメディに登場するにはすごくいい3人なんじゃないかという希望と愛着がありました」
売れない貧乏役者と記憶を失った“殺し屋”、婚活中の女性編集長。決して交わることのなさそうな生活を送る3人が偶然出会い、思いもよらない事態に巻き込まれていく……。9月15日公開『鍵泥棒のメソッド』は、堺雅人、香川照之、広末涼子という人気俳優3人が扮する個性的な主要キャラと、妙な“おかしみ”のある脇役たちがサスペンスあり、トキメキありの喜劇を繰り広げる。前作『アフタースクール』(08)に続き、練られた脚本で独自のエンターテインメントの世界を構築した内田けんじ監督に、4年ぶりの新作となる本作について語っていただいた。
■温め続けた3人のキャラ
インタビューをまとめようとしてまず感じた。難しい。というのも、ネタバレを回避しつつどこまで作品の面白さを伝えられるのか……。この『鍵泥棒のメソッド』は、複雑に時制を行き来する入り組んだストーリーが特徴だった監督の過去作に比べ、よりシンプルな構成になっているが、予測できない展開と随所に仕込まれた小ネタ(笑い)のエッセンスがとにかく素晴らしい。
「起承転結のあるお話を面白く語りたいという欲はあって、ディテールについてのアイデアをいっぱい入れようという考えは初期の頃からありましたね。小道具の使い方だったり、セリフだったり、とにかくお話を語る道具としての映画の武器をたくさん使いたいなという。それはもちろん脚本段階だけではなく、小道具さんや美術さん、衣裳さんらと話しているときにアイデアをいただいたり、役者さんが面白いことをしてくださって『それ、やりましょう』ということもあるし、撮影中もとにかくそういうものを探していました」
「スタッフさんも役者さんも、一生懸命この映画を面白くしようとしてくれた雰囲気がすごくあって、幸せでしたね」と語る内田監督。現場の想いはもちろん重要。しかし、それだけでも面白い映画は生まれない。本作の面白さは、そもそも内田監督によるオリジナルストーリーの土台の上に成り立つ。構想にはどのくらいの時間をかけたのだろうか。
「『アフタースクール』を撮り終えてから、ずっとアイデアは練ってきました。桜井、コンドウ、香苗が出てくるまったく違う話の脚本も色々書いたりしていたんですけど、なかなか上手くいかなくて……。でも、この3人のキャラクターが好きで、ずっと粘っていたんですよね。コンドウが記憶喪失になって、桜井と人生を入れ替えるっていうアイデアが浮んでから、本腰を入れられた感じです」
『鍵泥棒のメソッド』は、羽振りの良さそうな男コンドウ(香川)が銭湯で転倒して記憶を失い、偶然そこに居合わせた貧乏役者の桜井(堺)が持ち物をすり替えたことから物語が動き出す。そうしたアイデアは、日常生活の中で「映画にしたら面白いかな」と感じたことを記憶から引き出して紡ぐという。
「お風呂場のエピソードは、僕が20代の頃、それこそ桜井みたいなアパートに住んでいた頃に通っていた銭湯で考えたことなんですよ。後になって“桜井とコンドウが入れ替わる”っていうアイデアが出たときに、それに合わせて使ったという感じですね。どうにもならないアイデアはいっぱいあるんです。それらがピッてかみ合った時というのは、何か知らないけどワクワクするみたいな感じがあって……まず予感が大切なんです(笑)。どうせダメになることが多いんですけど、コツコツとストーリーを作っていく。諦めるか、諦めないかはそこに魅力を感じるかどうかなんですよね。今作の場合だと、僕はキャラクターたちに何らかの可能性をずっと感じていて、現代のコメディーに登場するにはすごくいい3人なんじゃないかという希望と愛着がありました。“どこかに答えがあるはずだ”って石油を掘っているようなもので(笑)、暫く書いてみないとダメかどうかは分からない」
■キャスティングはノープランだった?!
ストーリーの“生みの苦しみ”のなかに、3人のキャラクターへの愛着をにじませる内田監督。思い入れが強いぶん、キャスティングにもこだわりを持っていたのかと思いきや、「書いている時は誰も思い浮かべない」という。
「僕はまったくノープランでキャスティング会議に行くんです。そこで皆に色んな方の名前を言ってもらう。そうすると面白くて……。プロデューサーやスタッフから結構『えっ?』っていう人の名前が出てきたりする。僕が求めているのは結局、ワクワクするかどうかなんです。桜井役に堺さんという名前が出た時も、意外だったのですごくワクワクしました。ぜひ見てみたいなって。同時に、よく考えると『これ堺さんしかできないんじゃない?』ぐらいの気持ちにまで(笑)。理由じゃないんですよね。香川さんのコンドウもぜひ見てみたいって思いました」
努力で恋愛(結婚)しようとする香苗役に、生来モテ要素満点のイメージがある広末涼子を起用したのも意外で面白い。最初は「発想にもなかった」そうだが、名前を聞いたときに面白そうだと可能性を感じたという。
「広末さんという人のオーラには異質なものを感じるんですよ。空気感が庶民と違うというか(笑)、透明感が尋常じゃないというのもあります。オフビートになれる、コメディエンヌとしてすごく向いてる人だと思います。“広末涼子”っていう存在自体が大きいので、彼女の場合、役を演じる時のライバルは“広末涼子”だと思うんです。でも、それはある種、選ばれてしまった人の宿命ですよね」
そうコメディエンヌぶりを絶賛する広末涼子に対しては最初、非常に細かいさじ加減で演出を施たという。
「2人でキャラクターを作っていく段階では、どの程度の塩梅でリアクションを抑えていくかという、もうほんと微妙なところを何度もやってもらいました。『まだちょっと広末さん、それは可愛い。可愛いすぎるからNG』みたいな(笑)。あんな可愛い笑顔なのに申し訳ないですけど、一切封印してもらって、リアクションをしないという方向で……。けど、後半になってきたら皆さんキャラクターそのものになっていたし、“香苗に演出してる”っていう感じでしたね」
とにかく目指す画にむかって細かく演技を決め、何度もテイクを重ねるといわれる内田監督のスタイル。「ほかの監督さんがどうやってるのか分からないので(笑)」と言いつつも、「香川さんにも『ここまでやったのは久しぶり』と言われました」と認める。
「わがままを聞いていただいてたんですよね。“もっともっと”って。3人とも最初から、自分がどうしたいのかより、僕が何をしようとしているのかを追求して探ってくれました。もちろん、僕が求めているものの中で色々やってくれるんですよ。ちょっとした仕草だったりというのは役者さんが作ってくれるものですからね」
キャスティングについては「今回ほんとに上手くいった」と満足気な内田監督。その要求に応え、3人が絶妙の間合いで繰り出すコミカルな演技は必見だ。
■エンターテインメントを追求する原点
内田監督の話を聞いていると、その節々から「映画が好き」という想いが伝わってくる。子どもの頃から、将来の夢は「映画監督」だと口にしていたとか。
「サッカーをやっている子が『Jリーガーになる』って言っているようなものなんですけど、お小遣いをもらって映画を観に行く子どもだったので、小学校6年生の時には『映画監督になる』ってなんとなく答えていました」
最初に見たと記憶している作品は、猛獣たちと暮らす家族の姿を描いた米映画『ロアーズ』(81)だという。
「確か幼稚園くらいのときに観に連れて行ってもらいました。その後は『スーパーマン』とか。親が映画好きだったので、意味も分からないまま洋画をよく観せてもらっていました。でも、1人で映画館に行くようになったのはジャッキー・チェンにはまってからですね。その後は『ロッキー』とか、スピルバーグとか、ハリウッド映画ばっかり観ていました。高校生になって文芸坐などに通うようになったときに、(フランク・)キャプラとかハワード・ホークスのスクリューボールコメディとか、僕の趣味・嗜好ってこっちなんだって思った。ヒッチコックとか、ビリー・ワイルダーなんかもすごく好きでよく観ていました」
とにかく観客を楽しませるエンターテインメント作品に力を注ぐ内田監督の原点が垣間見えるような映画“遍歴”。ただ、当然観客を楽しませたいと思っても、「毎回、面白い映画を作る」というのはとてつもなく難しい。今作は既に6月に開催された上海国際映画祭で脚本賞を受賞するなど、早くも国内外で注目を集めているが、作品の発表ごとに高まる自身への評価を単純に喜んでいるばかりではいられないようで……。
「もちろん嬉しいですけど、1800円を払って観て良かったなと思っていただける作品を撮るっていうのはものすごく高いハードルなので、いつもそれだけでいっぱいいっぱい。スタッフがすごい労力をかけて、役者さんもどんな役だろうと本当に真剣にやってくれることはわかっている。そのプレッシャーだけでいつもMAXです(笑)」
Profile
(うちだ・けんじ)1972年生まれ、神奈川県出身。92年に渡米し、サンフランシスコ州立大学芸術学科映画科で学ぶ。98年に卒業。帰国後、自主製作した『WEEKEND BLUES』が第24回ぴあフィルムフェスティバル「PFFアワード2002」で企画賞とブリリアント賞をW受賞。劇場デビュー作『運命じゃない人』(05)は第58回カンヌ映画祭でフランス作家協会賞、鉄道賞、最優秀ドイツ批評家賞、最優秀ヤング批評家賞を受賞。同作は国内でも報知映画賞最優秀監督賞など8冠に輝いた。
広末さん演じる“水嶋香苗”という役名と、首都圏連続不審死事件の被告・木嶋佳苗の名前があまりにも似ていたため、気になってインタビュー中その話を持ち出したところ、「事件のずっと前から“水嶋香苗”という名前にしていたのでまったくの偶然です。迷惑な話です」と心から残念そうな表情をされたのが印象に残っている。「もう僕の中で水嶋香苗というキャラクターを本当に好きになっていますし、意外と名前っていうのは変えられないんですよ」と続けた監督。個々のキャラクターに対する愛情の深さとともに、だから内田けんじ作品に生きる人々は可笑しくも愛おしいのだと感じる言葉だった。
▼作品情報▼
鍵泥棒のメソッド
監督・脚本:内田けんじ
出演:堺雅人、香川照之、広末涼子、荒川良々、森口瑤子
配給・宣伝:クロックワークス
公式HP:kagidoro.com
2012年/日本/128分
9月15日(土)より全国公開
(C)2012『鍵泥棒のメソッド』製作委員会
2023年2月6日
[…] 画像引用元:映画と。 […]