クリスマスのその夜に

家に帰りたい、今年こそは、クリスマスに…

「クリスマスになると人は弱くなる。誰もが自分の奥底を見つめる機会だ。浮き立ったり、寂しがったり、とにかく普段どおりのままではいられない。」…クリスマスが作品のクライマックスになった名作『素晴らしき哉、人生!』の監督フランク・キャプラの言葉である。かくしてクリスマスを舞台にした映画は、毎年のように作られ続け、それにも関らず名作も次々と生まれてくるのである。

クリスマス/メイン

BulBul Film as ©2010 Pandora Filmproduktion GmbH

ベント・ハーメル監督の作品には、人がどのようにして孤独と向き合うか、そんなテーマが一貫して流れている。『キッチン・ストーリー』ひとり暮らしの老人と、キッチンの動線の調査員との友情を描いたこの作品のワン・シーン。ふたりが、老人の誕生日を祝っているときに、その楽しそうな様子を窓から覗いてしまい、誕生日プレゼントを持ったまますごすごと帰っていった男のいいようのない寂しさ。『ホルテンさんのはじめての冒険』退職の前日、パーティーを開いてくれた同僚たちの中にあって、かえって感じてしまう孤独感。周りの人間たちが賑やかであればあるほど、浮かれれば浮かれるほど、孤独の闇は深くなる。そのような作品を作り続けている彼にとって、クリスマスを舞台にしたこの作品はいわば行きつく先にあったと言えよう。

この作品は、「家に帰りたい、今年こそは、クリスマスに」主題歌が示すように、HOMEについての映画である。HOMEに帰りたくても帰れない、そんな人たちの孤独を描いている。結婚に破たんし、家を追い出された男の二度と戻れぬ後悔のHOME。浮浪者ヨルダンのHOMEは、両親の住む故郷の街、距離以上に遥か彼方にある。失われた年月が大きすぎるのだ。コソボ紛争から逃れてきた若い夫婦にとってのHOMEとは、二度と帰れない場所であり、これから自ら探していくところでもある。医師クヌートにとってのHOMEは、空っぽの場所だ。夫婦には子供がいない。そのことが彼らに気まずさをもたらしているのだろう。不倫中のカレンのHOMEは見果てぬ夢。不倫相手の男が妻と離婚するという話にすがるのは、彼女がもう若くはないこともある。少年トマスの家は、裕福な家庭のようだ。クリスマスには大勢の大人たちが集まり盛大なパーティーが開かれる。この季節だけは彼のHOMEは、自分のものではなくなってしまう。

北欧は、基本的には大家族で暮らすという習慣がないという。妻と夫と子供だけ。それが家族の単位だ。一人暮らしの人も多く、それが当たり前になっている。ところが、どうしたことか、クリスマスの季節だけは皆、人が恋しくなってしまう。冒頭のフランク・キャプラの言葉は北欧においても真であることが、この作品を観ているとよくわかる。

彼らひとりひとりの孤独は、形こそ違えこそすれ、誰にとっても無縁ではない。今幸せを感じている人にとってさえもそうだ。HOMEはどこかで見つけたとしても永遠のものではないからだ。この作品で度々登場する雪の降り積もった道路のように、人生の道も外燈が照らして明るくなっている部分と、光が届かず暗い部分が交互に並んでいる。人は暗闇に入った時、真っ直ぐに歩いているつもりが横道にそれてしまったり、あるいはそこで愛する人を見失ってしまったりもする。特に、浮浪者ヨルダンにとっての光、人生の栄光の日々は特別明るかった分、闇も深くなってしまったようだ。もはや彼は闇にうずくまり、動くことさえできない。

この作品では、『素晴らしき哉、人生!』のような大きな奇跡は起きない。けれども、登場人物同士の思わぬ繋がりが、それ以上のものを生む。例えば、コソボの夫婦を助け、赤ん坊の出産に立ち会った医師クヌートは、忘れていた自分のHOMEを心の中に取り戻す。また、逆に、良からぬことをした人たちには、それ相応の結果が待ち受けていたりもする。あるいは人の助けを受けて、折角前に進もうとしていたのに、願いが叶わない人もいる。
それが、人生というものである。

けれども、いずれもが決して不幸な出来事には見えてこないところが、この作品の不思議である。幸福も、不幸もただそこに自然に存在しているだけ。そんなあるがままの姿を誰かがそっと見守っている、優しく包みこんでいる、そんな感覚があるのである。それは、雄大なオーロラや美しく輝くシリウス、ノルウェーの森や川、あるいは神の存在なのかもしれない。そういえば、野原の真ん中にポツンと立つ大きなクリスマス・ツリーも、彼らを祝福しているかのように見えてくる。クリスマス・ツリーのグリーンはそもそも永遠の象徴でもあるのだ。登場人物は子供からお年寄りまで。人生に失敗した者あり、戦場あり、死があれば、誕生もある。こうして人間の営みは永遠に続いて行くのである。これこそ、クリマスの季節に相応しい作品だ。

おススメ度:★★★★☆
Text by 藤澤 貞彦


▼『クリスマスのその夜に』作品情報
監督・脚本:ベント・ハーメル
原作: レヴィ・ヘンリクセン
撮影:ジョン・クリスティアン・ローゼンルンド
出演:トロン・ファウサ・アウルヴォーグ、レイダル・ソーレンセン
ニナ・アンドレセン・ボルド 、ニーナ・サンジャニ
原題:HOME FOR CHRISTMAS
製作/2010年/ノルウェー=ドイツ=スウェーデン/85分
配給:ロングライド
公開日: 2011年12月3日(土) よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
公式サイト: http://www.christmas-yoru.jp/
BulBul Film as ©2010 Pandora Filmproduktion GmbH

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