【LBFF】大男の秘め事

巨大な男ハラは、現代の「サイクロプス」なのだ!

GIGANTE タイトルが出てきたとき、最初は何が書いてあるのかわからなかった。巨大すぎるのである。少しずつキャメラが引いていくと、やがて「GIGANTE」という文字が現れる。ギガンテとは、巨人のこと。実際この映画の主人公ハラは、巨大なスーパーマーケットの夜警をやっているのだが、身体のでかさだけで雇われたみたいなところがある。ただし、身体はでかいが、同僚にからかわれてパンチを受けても大人しく座っているだけ。そんな気の小さい男なのである。
もっさりとしていて、冗談にもすぐには反応できず、「調子はどうだい」という同僚の挨拶にも「調子はってなんのことだい」と答えてしまうような、要領を得ない男である。ただ、この男不思議なところがあって、寝違えた同僚の痛む首を一瞬で治してしまうなど、困っている人を放っておけないような優しさも持っている。
ある日、警備室でひとり監視カメラの映像を見ていたハラは、深夜の清掃係をしているひとりの女性フリアに目が釘付けになる。それ以来密かな恋心を抱いた彼は、監視カメラ越しに彼女の姿を追いかけはじめる。非番の日には、探偵よろしく彼女を尾行するようになる。映画館では、彼女の横顔が見える斜めうしろの席に陣取って、その笑い顔を見つめている。ただ、それだけで自分も幸せな気持ちになってしまうのである。
これでは完全にストーカーなのであるが、彼女を見るのは大半が監視カメラを通してであり、あるいは、尾行したとしても、隣のタマ(猫)のように一定の距離以上は決して近づかないので、彼女はそのことに気づいてさえいないようである。そのため、彼女の肉声は映画の終盤まで聴こえてこない。サイレント映画のように口がパクパクと動いているだけ。そして、それが実は最後の最後に効いてくることになる。
 それにしても、この巨大なこの男ハラは、まるでギリシャ神話のサイロスプス (キュクロプス)のひとりポリュペモスのようである。丸い大きな一つ目の巨人と、監視カメラ(一つ目)を通して彼女を見つめる大男の姿は、形からしてどこか似てはいるような気がする。さらに物語にも、共通する点が多い。ポリュペモスは、自分の身体が大きすぎるのにお構いなく、海のニンフ、ガラテアに片思いをしている。彼女からは相手にされないのだが、彼女の姿見たさに常につきまとわずにはいられない。また、ハラが恋した女性フリアもまた、ニンフのガラテアと重なってくるところがある。彼女は海が大好きで、よくひとりで海岸に出かけるからだ。
 ただ、ギリシャ神話が悲劇だったのに対して、この作品は少なくとも悲劇では終わらない。ひとつには、ふたりは常にリストラの危機にさらされている同じ貧しい労働者であったこと。あるいはハラが、小さな小さなサボテンの鉢植えを、フリアが清掃のために必ず通るはずの通路にそっと置いておく、そのプレゼントの奥ゆかしさ、大男に似つかぬ可愛らしさ。ほかにもこの映画が悲劇に終わらないことにつき、色々な要因が重なったと思われるのだが、それを挙げているとラストがわかってしまうので、ここではあえて申しますまい。果たして、ルドンの絵「キュクロプス」の巨人のように、山の向こうから彼女を見つめつづけていたハラが、その山を越えられるのか……意外なラストが待っています。
Text by:藤澤貞彦
オススメ度:★★★★
製作年:2009年、製作国:ウルグアイ・アルゼンチン他
監督:アドリアン・ビニエス
出演:オラシオ・カマンドゥレ、レオノール・スバルカス

公式サイト:第7回ラテンビート映画祭

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