【TIFF】マリア・ヴィトリア(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品紹介】

©APM

ポルトガルの山岳地帯の町に暮らすマリア・ヴィトリアは、プロのサッカー選手を目指して、父をコーチとしてトレーニングに励む日々を送っている。そんな彼女の日常は、母が亡くなった後、家を出て何年も消息を絶っていた兄が突然戻ってきたことにより大きく揺さぶられる。兄と激しく対立する父の姿を見るにつれ、マリアはそれまで大きな存在だった父の権威に疑念を抱きはじめる。そして、マリアにとって重要な試合の日がやってくる。父の呪縛から逃れて、自力で未来を開拓しようとするヒロインを力強く描いた作品。親子3人の濃密なドラマが美しい風景の中で展開する。幼少期を熊本県で過ごしたというマリオ・パトロシニオの監督デビュー作。

【クロスレビュー】

鈴木こより/こんな村イヤだ!度:★★★★★

ヨーロッパの山火事、被害が深刻なのはニュースで知っていたけど、この物語も被災した村で立ち直ろうとしている家族が描かれる。娘はプロのサッカー選手を夢見て練習に励んでいるが、無事に試合に出られるのか何度もヒヤヒヤさせられた。ただその見せ方や展開に力強さがないのが残念。一刻も早くこの村から出たいと観客にも思わせたかったのなら狙いは的中だけど。
もしリアルに村を出る選択肢がプロサッカー選手になるしかないのなら、あまりにも辛すぎる。

藤澤貞彦/父親の家父長度:★★★☆☆

マリア・ヴィトリアは、父親に完全にコントロールされている。久しぶりに帰郷した兄に対しての父の暴言にもただ同意するばかり。サッカーの練習のように父親がボールを蹴り、娘がそれを拾う。これを繰り返す。彼女の名前はマリア。この作品では他に2つのマリア像が印象的に登場する。標高の高い村の一番てっぺんにあるマリア像。父親のベッドのサイドテーブルに置いてあるマリア像。村人に沢山の犠牲者が出た火事で、母を亡くした兄弟にとっては、マリア像は彼らを守る存在。父親にとってのマリアは、娘をプロのサッカー選手にするための祈りの像。(この像は最後に壊れてしまう)マリアは兄によって少しずつ父の呪縛から解き放たれていく。また、この家族に暗い影を落としていた母の悲劇、家族の間では禁句のようになっていた事件が語られることで、兄と妹はどこか吹っ切れていく。マリアが見た深夜の焚火を囲んだ、魔術の集いのような風景。炎の向こうから人が現れ、マリアはそこに幻の母の姿を見出す。炎は勢いを増し、灰が空に舞い上がり彼女の肩に降り注ぎ、いつしか雪へと変わる。炎は彼女の魂が浄化されたことを知らせる。雪はゆっくりと降り積もり、炎に焦がされたこの村の痛みを和らげていく。ポルトガルの山岳地帯の美しい村、その閉ざされた風景、村社会の特殊性を生かした心の葛藤のドラマである。

外山香織/ロケ地も気になる度:★★★★★

生まれ育った田舎っていうのは居続けるのに理由はいらないが、出ていくのにはそれなりの理由と相当なパワーが必要だ。ポルトガルの山岳地帯にある街。荒々しく切り立った崖、住民を見守る石像のマリア、眼下に広がる海の景色に魅力されるが、住む者にとっては世間から見放されたような辺境の地。一方で、サッカーの練習場やスタジアムは立派だ。おそらく皆が楽しめる唯一の娯楽なのだろう。主人公のマリアはプロサッカー選手を目指して厳格な父のもと練習に励んでいる。父の希望を叶えたいのか、自身が望んでいるのか、ここから離れたいだけなのか、ホントのところははっきりしない。しかし、兄の帰郷が契機となり、過去の悲劇を彼女なりに昇華したことで、マリアの顔から迷いが消えたことは見てとれた。立ちはだかる山々をいつか越えられる、そんな余韻を残して。


第38回東京国際映画祭開催概要
期間 2025年10月27日(月)~11月5日(水)[10日間]
開催会場 シネスイッチ銀座(中央区)、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、ヒューリックホール東京、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、LEXUS MEETS…、三菱ビル1F M+サクセス、東京宝塚劇場(千代田区)ほか、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
公式サイト:https://2025.tiff-jp.net/ja/

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