少年の君 ： 映画と。

いじめ、学歴社会の弊害、経済格差や貧困など、中国社会が孕む厳しい問題を描きながらも、必死に未来を切り開こうともがく少年少女の輝きをしっかり焼き付けた青春映画の傑作。アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートも納得の熱量を持った作品だ。

高校3年生のチェン・ニェンは、数か月後に控えた「高考」（大学統一入学試験）に向けて、ひたすら勉強に打ち込む日々を送っている。困窮した母子家庭で育った彼女にとって、北京大学か清華大学のような一流大学に合格し、いい就職先を見るけることだけが苦境から逆転する筋道。それだけが希望だった。
何事もなく高校生活をやり過ごしたかったのに、いじめが原因で自殺したクラスメートを気遣ったある行動をきっかけに、いじめの矛先がチェン・ニェンに向いてしまう。頼れる人がいない過酷な日々。「高考までの辛抱だから」と必死に耐え忍ぶ中、チェン・ニェンはストリートで生きる孤独な少年シャオベイと出会う。
次第に心を通わせていく２人。無事に高考が終わるまでチェン・ニェンを守ってやると約束したシャオベイは、登下校中の彼女を見守るようになるが、ある時、事件が起きて……。

誰も守ってくれない。行き場がない。孤独に生きてきたチェン・ニェンとシャオベイにとって、互いの存在だけが救いになっていく。
ともすればシリアスな少女マンガのような世界になりそうな設定だが、リアルな社会の闇を写し取り、俳優たちの体温の通った演技に最大限委ねることで、生々しい方向に振り切って成功している。
「立派なおとなになって世界を守りたい」というチェン・ニェン。それは何も、国を背負って立つような大物になるなんて望みではない。彼女が求めたものが透けて見えた時、そのあまりにも切実でささやかな願いに涙が出た。

『ソウルメイト／七月と安生』で台湾金馬奨最優秀主演女優賞を受賞するなど、演技力に定評のあるチェン・ニェン役のチョウ・ドンユィがすばらしいのは想定内だったのだが、驚いたのはシャオベイを演じたイー・ヤンチェンシーだ。国民的アイドルグループ「TFBOYS」 のメンバーとして、子供の頃から特殊な環境でスポットライトを浴びてきた彼にしか出せないで孤独感と輝きがカメラに収められていて、これはもうキャスティングの勝利だと思った。
今年中国で大ヒットした時代劇ドラマ「山河令」にも出演している周也が、死んだ魚のような目でリンチを主導するクラスメートを演じている。いじめは絶対に許されないが、彼女もまた、息の詰まるような家庭環境で生きてきた被害者だ。脇役にいたるまで、登場人物それぞれの行動原理が示されているところもいい。

この映画、中国が取っているという、いじめへの積極的な対応策を説明する字幕が流れる。それが蛇足だと言う声も多いが、公開にこぎつけるには、おそらくこの措置が必要だったのだろう。

思い出したことがある。2017年に中国・上海市で開かれた第20回上海国際映画祭を取材したときのこと。ちょうど大友啓史監督の『3月のライオン』が上映された年だった。この映画には、清原果耶さん演じる少女がいじめを受けるシーンがある。そこで上映終了後、隣の席の観客に、中国のいじめの状況を聞いてみたところ、「いじめなんて聞いたことがない」という答えが返ってきたのだ。
そんなはずはないと思い、上映終了後のロビーに残っている観客（たしか10数人ほど）に聞いてみたが、口々に「いじめなんて、聞いたことがない」と言う。２人だけ、「田舎では多いと聞くが、上海では聞いたことがない」「あることはあるが、保護者や先生が連携して対処している」と答えた人がいた。あれは、筆者が首から記者証をかけていたため、建前的な回答をしたのか、それとも、本当に彼らのまわりにいじめはないのか、あるいは見えていないのか。今でも時々考える。

7月16日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマほかにて公開中

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