【TNLF】デンマークの詩人

北欧の女性アニメーション監督特集

デンマークの詩人

©Mikrofilm As, National Film Board of Canada

主人公は『ペイネ愛の世界旅行』のバレンチノ風のシンプルな顔で、手描きアニメーションの良さが際立っている。そして、色が柔らかくてとても美しい。
私たちは、生まれる前は宇宙の空間を漂っている。偶然の積み重ねによって両親が出会い、そして私たちは生まれてくると冒頭で語られる。そしてこの物語はひとつひとつの小さなこと、それが次の偶然を呼ぶという形で物語が広がっていく。ロマンチックなようだけれども、現実の人生も案外そんなもの。人との繋がりは、偶然がさらなる偶然を引き起こすことによって広がっていく。また、そう考えると人は謙虚にもなれるし、謙虚になることで道が開けてくることもある。
主人公カスパーはデンマークの詩人、といっても、書くことができずに精神科に通う日々を過ごし、ある日お医者さんから、気分転換を兼ねてノルウェーに行ってみたらと勧められる。「ノルウェーだったら外国といっても言葉が通じるから」と。彼の運命のきっかけは、こんなところから始まる。彼はノルウェーについて図書館で調べるうちに、ノーベル文学賞を受賞したノルウェーの国民的作家シグリ・ウンセットが、実はデンマーク生まれだったことを知り、俄然興味を持つ。そして彼女の物語を読み、手紙を書き、家にまで招待される。
ところが、彼女の家にたどり着く前に、彼は、雨宿りした農家の家の娘と運命的な恋に落ちてしまう。しかし、彼女には婚約者がいたため、ふたりは別れる決心をする。理由は、彼が少し前に読んだ、シグリの若き日の体験談「親の反対を押して結婚したことについての悔恨」と自分たちの物語があまりにも似ており、またそれを彼女も知っていたからである。同じことは繰り返せない…偶然にも、彼女こそシグリの親戚だったのだ。「いつか会える日まで私は髪を伸ばし続ける」…彼女はいつか実現する再会の日まで、それを守り続けるのだった。
シグリの手紙によって引き寄せられた出会いを、シグリの物語が引き離し、再びふたりが出会うきっかけも、シグリによって作られる。この作品が素敵なのは、この物語の偶然のサイクルの中に、実在する小説家が組み込まれているところだ。この作家のことは、この作品で初めて知ったのだが、ノルウェーのお札にもなっているほどのすごい人なのだそうである。それにしても、デンマークで生まれた彼女が、ノルウェーに両親と共に渡ったからこそ、彼女は中世のノルウェーを題材にした作品を世に出せたのであり、ましてや、そうでなければノルウェーの国民的作家になどなれるはずもないわけで、これもまた素晴らしい偶然であるとも言える。デンマークとノルウェー、人々の運命というのは簡単に国境をも超えてしまうものなのだ。
ところでこの作品のナレーション、なんと美しく優しい響きなのだろうと聴いていたら、なんとリブ・ウルマンなのであった。彼女はベルイマンの作品があまりにも有名なため、スウェーデンの女優と思われがちであるが、実はノルウェー人なのである。そして彼女もまた、偶然からイングマール・ベルイマン監督に出会い、スウェーデンにひとり娘を残したという点で、この作品の物語のひとりと成りえているのだ。なんとも素敵ではないか。
Text by藤澤 貞彦
オススメ度★★★★☆
【原題】Den danske dikteren
【英題】The Danish Poet
【監督】トーリル・コーヴェ
2005年 ノルウェー、カナダ 15分
手描きアニメーション
公式サイト:トーキョーノーザンライツフェスティバル

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