暁に祈れ

主演ジョー・コール(サッカー選手ではない人)の熱演とリアル囚人3000人の迫力が半端ないって!

「ジョー・コール」という名前を聞けば、サッカー好きの身からすると真っ先に思い浮かぶのは、イングランド代表やチェルシーなどで活躍したサッカー選手だ。好きな選手の一人だし、先月には20年に及ぶ現役生活に終止符を打つことが発表されたが、「ジョー・・・」としか言葉にできないような、寂しさを感じたものだ。一方でここ数年、『17歳のエンディングノート』『グリーンルーム』『きみへの距離、1万キロ』などで「ジョー・コール」をちらちら見かけるようになった。サッカーのジョーとスペルも全く同じの‟Joe Cole”。サッカーの母国イングランドで、スター選手と同姓同名となぜ・・・?とか思っていたのだが(ただTwitterのアカウントが@theotherjoecole なので、何らかの自覚はあるのだろう)、その俳優のほうのジョーが主演する『暁に祈れ』が公開される。サッカーファンから「ええっ!ジョーってば引退したと思ったら早くも俳優転向?」みたいな早とちりが起こらなければ良いのだが・・・。

それはさておき、本作はタイで自堕落の生活を送っていた英国人ボクサー、ビリー・ムーア(ジョー)が薬物使用で逮捕された後、刑務所でムエタイと出会い、人生の再起をかけた自伝小説を映画化したものだ。殺人や賄賂やレイプがごく普通に行われ、生き地獄とも形容される刑務所の環境の劣悪っぷりがすさまじく、ひえ~っ!とのけぞる。本物の刑務所でロケしたというのだから、驚きだ。さらに目を引くのは囚人役のエキストラが実際に元囚人で、ほとんどの人が全身にタトゥーを施しており、それはもう半端ない迫力。その数、何と3000人!カルチャーショックというか、もはや恐怖の域に達している。そんな彼らの経験値の高さと層の厚さ(?)が、この作品の魂というべきリアル感をもたらしている。

刑務所で囚人たちに痛めつけられ、人生に絶望し、獣のように咆哮するしかないビリーだが、所内にムエタイチームがあることを知り、紆余曲折の末、チームへの加入を認められる。別人のようにムエタイの練習に励むビリー。とにかく身体が資本だ。言葉ではなく、肉と肉が激しくぶつかり合う音が生への執着を語る。ビリーの荒い呼吸も生々しい。人生を取り戻す術は、ムエタイしかない。ムエタイだけが自分の拠りどころだという悲壮なオーラが、彼の肉体から立ち込めて息苦しいほどだ。ジョーは出演にあたって数か月に及ぶトレーニングを行い、30日間の過酷な撮影に臨んだという。本作は昨年のカンヌ国際映画祭に出品され、彼が絶賛されたのも納得の熱演。12月2日に発表された英国インディペンデント映画賞(BIFA)では主演男優賞を見事受賞した。先月30歳になったジョーだが、いよいよ「ジョー・コール」の名がサッカー選手だけではなく、俳優のジョーも広く認知される作品になるのではないか。

正直なところ、暗い映画だ。タイのキャッチフレーズ「ほほ笑みの国」はどこへやら、笑っている人は皆無。熱いスポ根ものでもない。ビリーは良い人間ではないし、自業自得で最悪な状況に陥っている。だが、暗ければ暗いほど夜明けのかすかな光も、まばゆく感じる。絶望の日々を過ごすビリーの瞳には、それは神々しく映るだろう。ラストのある人物との邂逅のしかけには驚いたが、それは彼に救いが与えられたかのようで、心に響く。BIFAの授賞式で「長時間狂ったように練習して、タイの人たちからも厳しい指導を受け、毎日ボコボコにされていた。撮影が終わり、帰りの飛行機に乗れたときは最高に嬉しかった」とジョーは語ったが、実際のビリー・ムーアも英国へ帰国できたときは最高に嬉しかったに違いない。二人のビリーの思いがリンクするスピーチのようで何とも感慨深い。

追記:『暁に祈れ』という邦題、個人的に今年の邦題ベスト1です。


12/8(土)ヒューマントラストシネマ渋谷&有楽町、シネマート新宿ほか全国順次公開!
© 2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

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  1. ここなつ映画レビュー

    「暁に祈れ」

    本文ラストにストーリーとは直接関係のないネタバレがあります。タイの刑務所に服役した1人のイギリス人ボクサーが、その劣悪な環境に屈せず、ボクシングを通して立ち直って行く物語。と書くと聞こえはいいのだが…。究極の言い方で申し訳ないのだけれど、自業自得なのである。自堕落な生活で身を持ち崩し、クスリで捕まり(タイでは重罪だ)アムネスティが乗り出してきそうな劣悪な刑務所に入れられるのだ。隣との間隔が無いほどにぎゅうぎゅう詰に寝かされ、賄賂と暴力が蔓延り、人権など無いに等しい。房の中で自殺者が出るような環境なの…

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