【SKIP CITY IDCF】ジャン=ピエールとナタリー

田舎医者と研修医~地域医療はどうあるべきか~

【SKIP CITY IDCF2017】長編コンペティション部門

ジャン=ピエールとナタリー

©Jair Sfez

小さな田舎町でたった1人の医師ジャン=ピエール(フランソワ・クリュゼ)は、病院の検査で、自身が脳腫瘍であることを知らされる。自分がいなければ、ここはいわゆる無医村になってしまう。総合病院に通いながらも、普段と変わらない日常が続く。朝、瀕死の老人の往診に行ってから、待合室いっぱいになっている患者たちの診察を朝から晩まで行う。こんな生活を長く続けていたからか、彼自身は、母親が近くに住んでいる以外は家族もなく、いつも1人医院で侘しい夕食を食べて1日を終わる。そんな彼を心配した彼の主治医(おそらく旧知の仲)が、女性の研修医ナタリー(マリアンヌ・ドニクール)を代理医師として、彼の元に送る。ガチョウとアヒルの区別がつかないのを見てもわかるとおり、彼女は都会っ子で、田舎で過ごした経験がない人である。都会の病院で、看護師と働き、一発奮起医師になったばかりの彼女と、田舎で長年患者を診てきたベテラン医師、考え方も違い、最初は摩擦も起きるが、次第に信頼関係を築いていく。2人のギャップは最初、軽妙なコメディ・タッチで進んでいくのだが、そこに医療にまつわる様々な問題を盛り込んだところが、大変に上手い。トマ・リルティ監督は、現役の医師でもあるという珍しい肩書の人で、なるほどリアリティがあることに納得してしまった。

ジャン=ピエールは古いタイプの医師である。まるでバルザックの「田舎医者」(この作品のフランス語原題と同じ)に出てくるような医師である。患者の話をよく聴き、大きな信頼を得ている。コンピュータは使わず、カルテはファイリングして棚にまとめている。コンピュータなんかよりこのほうが速いという自負があるのだ。名前を聞いただけで、その人の顔が浮かび、カルテがどこにあるか、見当がつくのである。パソコンとにらめっこして、こちらの顔を時々しかみない医師とは雲泥の差がある。もちろん広い地域の不特定多数の人がくる大きな病院と違い、患者が村の中の人たちだけに限られるからということもあるが、少なくとも患者と密接な関係があるということはわかる。電話があればいつでも患者の家に飛んでいく。ひとつの理想がそこにはあるように思う。おそらく、このようなタイプの医師は、フランスでも絶滅危惧種のはずである。

フランスでは医師の数が絶対的に不足しているという。そのうえ自由診療の導入で、医療の地域格差が深刻な状態になっている。おそらく、この田舎町もジャン=ピエールがいなくなった途端、無医村状態に陥ってしまうことだろう。かといって、メディカル・センターを作ったところで、そこに専門医がやってくるという保証はない。それが地方の田舎町の現実なのである。

死期が近い老人の治療法を巡って、ジャン=ピエールとナタリーが対立する。愛犬と一緒に最期まで家で過ごしたいという老人の希望を受け入れ約束したからと、毎日往診を続けるジャン=ピエールと、苦しそうな様子を見ているのに耐えかね、大きな病院に入院する手続きを取ってしまったナタリー。確かに大病院では、呼吸こそ楽になったようには見えるが、チューブに繋がれピクリとも身動きしない老人の姿は、家にいた時よりもむしろ生気がない。どちらが幸せか。それはもちろん人によって異なるものであるには違いないが、少なくともこの老人にとっては、幸せなことだったとは思えない。「犬は一時的にこちらで預かっているよ」というジャン=ピエールに対して「一時的にとはどういう意味だ」と力なく問う彼の目には諦めの色がにじみ出ている。

グローバル・スタンダードということが言われて久しい。医療の質が劣る国の医師の水準を上げを国際水準化することができるとか、患者は適切な治療を受けるため、医師は自分の能力を高め発揮するため、自由に国を移動できるという利点があると言われている。しかし、この田舎町で一生を過ごす人がほとんどだというこの場所に、そんな言葉はあまりにも似つかわしくない。医療とは何か。その原点に立ち返って、田舎町の医療の問題を、さらに言えば、その先にあるフランスの医療システムが抱えている問題点を提示した、真摯な作品である。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2017 開催概要

ポスター
■会期: 2017年7月15日(土)~7月23日(日)
■会場: SKIPシティ 映像ホール、多目的ホールほか(川口市上青木3-12-63)
彩の国さいたま芸術劇場(さいたま市上峰3-15-1)
[7/16、7/17のみ]
こうのすシネマ(鴻巣市本町1-2-1エルミこうのすアネックス3F)[7/16、7/17のみ]
■主催: 埼玉県、川口市、SKIPシティ国際映画祭実行委員会、特定非営利活動法人さいたま映像ボランティアの会
■公式サイト:www.skipcity-dcf.jp

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