【スウェーデン映画祭】同窓会/アンナの場合

同窓会に潜む闇~不安な気持ちを掻き立てられる心理劇

同窓会

(C)Photo Jonas Jorneberg

同窓会。迷いなく参加し、楽しめる人は幸せな人である。同窓会に来られない理由としては、1.転居先不明で連絡が取れなくなった2.現在が、さまざまな理由で不幸な状況である3.学生時代に仲間外れだった、いじめられていたなどが考えられよう。自分自身も、中学校の最初の同窓会は戸惑うところがあった。それは、今の自分と過去の自分とのギャップであったり、ン十年経っているのに、当時に戻ってしまったかのような雰囲気への微かな違和感だったり、仲の悪かった人とは、例え時間が経ってもしっくりこないことであったり、色々なことが考えられる。(もっとも慣れてきたらどうということもなくなるのだが)この映画の主人公アンナは3番目の理由を持つ人である。それでも彼女は果敢に出席し、それどころか、当時の不満を同級生たちにぶつけ、会をめちゃくちゃにしてしまった。

フィクションではあるのだが、アンナ・オデル監督自身の実話に基づいているという。実際には、同窓会の招待状が届かなかった監督が、スピーチの原稿を作り、その場で発表していたら、どうなっていたのだろうという発想から作品が出来たのだ。第1章では、撮影のために役者を雇って演じさせた架空の同窓会の模様を描き、第2章では、それを実際の同級生に見せるという構成を取っている。実際には、第2章もドキュメンタリーではあり得ない、切り返しのショットや、複数のカメラ位置からの撮影が行われているので、フィクションであることはすぐにわかる。しかしながら、劇中のアンナとそれを演じるアンナ・オデル監督の姿は完全に重なっており、どこからが現実の再現で、どこまでがフィクションなのかは、判別することはできない。そのため、妙にリアルで、不安な気持ちを掻き立てられる映画になっている。

冒頭の旧友たちの再会シーンから複雑な気持ちにさせられてしまう。抱き合って再会を喜ぶ人、少し戸惑いながら握手を交わす人さまざまなのだが、ぱっと見ただけで、当時の人間関係が見えてきてしまうようにできている。どの人がクラスのリーダー的な存在で、どの人がムードメイカーで、どの人がクラウン役で、どの人が端っこにいるタイプなのか。一瞬ですべてを見せてしまう。怖い感覚をもった人である。監督自身、スピーチの中にあったように、人を勝ち組、負け組に分け、力関係に順位を付けるようなところがあった人なのだろう。自分自身は最下位、誰にも相手にされない存在と位置づけている。単に彼女が個性的ということだけでなく、そのあたりの感覚が、より人を遠ざけることになっていたのではなかったか。

どうしてあの時こんなことをしたのか、それを聞きたい気持ちはわかる。しかし、正直に言って、答えを聞くまで、相手を責め続ける執拗さには辟易するものがある。第2章で現れた本物(実は俳優たちが演じている)の人たちを見れば、いまさらそれを責めてもどうにもならないことは、明らかである。自分も変わったし、他人も昔のままではない。それぞれに生活があり、子供の時と同じではやっていけるはずもない。ただ、昔の仲間と集まる時だけは楽しいその時代に戻りたいと、思っているだけなのである。それでもアンナは、完成した映画を見せ、彼らに気が付いてほしいと思う。説明してほしいと願うのだ。そうしなければ、自分の過去が否定されたままになってしまう。それが例え、現在の自分までの否定につながるにしても、やらざるを得ないほどの強い気持ちなのである。弱者はいつまでも嫌な思い出を記憶にとどめ、強者は案外忘れてしまうもの。そこに尽きる。アンナ・オデル監督は、どちらの気持ちもすべてをわかった上で、冷静にこの作品を作っている。ただ彼女は、自分と同じような状況にあった人たちの、心の奥底にある気持ちを、この映画で代弁せずにはいられなかったのかもしれない。

☆2013 ベネチア国際映画祭 国際映画批評家連盟賞
☆2012 スウェーデン・アカデミー賞 作品賞、脚本賞



【スウェーデン映画祭 2015開催概要】
■開催期間:2015年9月19日(土)〜9月25日(金)
■場所:ユーロスペース(渋谷区円山町1−5)
■主催:スウェーデン映画祭実行委員会
■公式WEBサイト:http://sff-web.jp/

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