悪童日記
第二次世界大戦末期の東欧。父母と別れ、街から母の実家がある田舎に疎開した双子の少年(アンドラーシュ・ジェーマント、ラースロー・ジェーマント)は、祖母と共に暮らすことを余儀なくされる。祖母は少年たちを「雌犬の子ども」と呼び、最低限度の衣食住のみを与え、過酷な労働を命じるのだった。それでも、彼らは父母の言いつけを守り、学ぶことを止めず、日々起こった出来事をノートに記していく。やがて、生き抜くためには強くならなければならないと悟った彼らは、自らに特殊な「訓練」を課していく。痛みに耐える訓練、目が見えない訓練、耳が聞こえない訓練、飢えに耐える訓練、命を奪う訓練……。
原作はハンガリー出身で亡命したアゴタ・クリストフの小説。「悪童日記」「ふたりの秘密」「第三の嘘」の三部作だが、映画は第一作のみを映像化。「悪童日記」は時代や国を表す固有名詞がなく、主人公にも名前は与えられていない。主語は「僕ら」であるが、日記形式で綴られる文章には彼らの心理描写はなく、目に映った事実のみが短文で表されているのが特徴。原作はフランス語で著されているが、非常にシンプルな文体であるため、フランス語を習いたての者でも読めてしまえるほどらしい。衝撃的な出来事が淡々と記されているので、活字で読むと彼らが感情のない残酷な子どもに思え、読後には何とも言えない不条理感が心に纏わりつく。いわば、文章でしか出来ない手法で成功していると言ってもいいだろう。
このような小説であるので、長らく「映像化困難」とされていたのも頷ける。過去にはアグニェシュカ・ホランド監督、トマス・ヴィンターベア監督などが映画化権を獲得しながらも実現されなかったと言う。このたび、クリストフと同じハンガリー出身のヤーノシュ・サース監督が本作を世に出すまで、出版から30年が経過している。
その意味でも本作がどのように映画化されているか注目されていたわけだが、実際に観ると、原作の「語っていない部分」をうまく監督が翻案したな、という印象を受ける。つまり、日記に書いていないから、表現されていないからと言って、彼らが何も感じていないわけではないということだ。結果として、双子の少年は辛い時は辛い顔をするし、不安な時は不安げな顔をする。慈悲深いところもあるし、人に良くしてもらえば恩も感じる。しかしこうと決めたら行動自体に迷いはなく、そこに感情の差し挟む余地はない。日記に記すのは自らの心を殺した「行動」の部分の記録だ。本作は、彼らをモンスターとしては描いていないのである。
また、この難役を演じる双子の少年を見出すのも相当な苦労があったようだ。よくまあこんな美しい双子(しかも演技経験のない)を見つけてきたものだと感心してしまうが、ジェーマント兄弟自身、ハンガリーの極めて貧しい地域で生まれ育ち、「子どもらしく」生きるには困難な状況にいたそうだ。こういう点からも、本作は単に「戦争の犠牲になった少年たちの物語」と言う括りで収めるべきものではない気がしている。原作小説で敢えて固有名詞を排除しているのも、普遍性を持たせているからではないか。どんな時代でも、どんな国でも、自分だけが生きていくので精一杯な環境下に置かれた子どもたちが、彼らのようにならないと言う保証はどこにもないのではないか……? それがこの物語が我々に与える怖さの一つでもあるのだ。
戦争が終わっても、「僕ら」の生活は変わらず、国境には鉄条網が張り巡らされ、地雷が埋められたままになっている。「僕ら」はより強くならなければならない。我々が信じている正義や倫理観とはこれほど無力なのだろうかと嘆きたくなるが、彼らが踏み越えていくもの、捨てざるを得なかったものから、やはり目をそらしてはいけないのだ。
▼作品情報▼
原作:アゴタ・クリストフ「悪童日記」
監督・脚本:ヤーノシュ・サース
出演:アンドラーシュ・ジェーマント、ラースロー・ジェーマント、ピロシュカ・モルナール
2013年/ドイツ・ハンガリー/111分
公式HP http://akudou-movie.com/
TOHOシネマズ シャンテ、新宿シネマカリテほか全国順次公開中
©2013 INTUIT PICTURES - HUNNIA FILMSTUDIO - AMOUR FOU VIENN
2014年10月12日
悪童日記/ふたりだけの間に成立する「正義」について
悪童日記A nagy füzet/LE GRAND CAHIER/THE NOTEBOOK/監督:悪童日記/2013年/ドイツ・ハンガリー ただ、この世を生き延びるために TOHOシネマズシャンテ E-9で鑑賞。原作未読、事前情報としては『双子が出てくる』だけでした。 これはねー面白かったですね。 あらすじ:双子が日記をつけます。 双子の少年(アンドラーシュ・ジェーマント、ラースロー・ジェーマント)が第二次大戦中、疎開のために母親方の祖母の家に預けられますが、殴られます。 ※ネタバレしています。おす…