怪しい彼女
『怪しい彼女』は主演のシム・ウンギョンだけでご飯3杯いける映画だ。体はハタチ、けれど中身は酸いも甘いも噛み分けた70歳のおばあちゃんという難役を、キュートに、かつ、リアルに演じきっている。
ふっくらした丸顔にくりくりした目、透き通るような色白美肌。ぴっちぴちのウンギョンちゃんが、人目をはばからず罵詈雑言を吐き、大声で下ネタをまくし立て(しかも人生経験をにおわせる類の)、外股でワニワニと歩く。すべてが上手い。上手すぎる。実年齢も1994年生まれの二十歳。『サニー 永遠の仲間たち』(11)で注目され、『王になった男』(12)ではイ・ビョンホン演じる王の毒見役を務める女官を演じ、短い出番ながら強烈なインパクトを残した。決して美人ではないし、プロポーションもごくフツー。しかし“顔力”とでも言おうか、とにかく表情ひとつで観る者をスクリーンにくぎづけにする引力がすごいのだ。
美女がわんさといる韓国だが、近年の映画界ではシム・ウンギョンのような“非・美女系”女優の存在感が際立つ(まあ、一般人と比べればはるかに美しいのだけど)。『グエムル‐漢江の怪物‐』(06)で映画デビューしたコ・アソンもそう。昨年の『スノーピアサー』では、その顔、その目がスクリーンを掌握し、セリフ不要の存在感を放っていた。『息もできない』(08)で注目されたキム・コッピも同タイプだろう。モデル体型であることを除けば、国際的に活躍するぺ・ドゥナもまた、決して美女顔ではないが、群像劇『クラウド アトラス』(12)で見せた無表情のスッピンどアップは他の誰よりも雄弁だった。残念ながら、日本ではちょっと同様の“顔力”を持った若い女優は思い当たらない。『怪しい彼女』を観ていると、社会派サスペンスの前作『トガニ 幼き瞳の告発』から一転、軽妙なコメディドラマもそつなくこなしたファン・ドンヒョク監督の力量もあわせて、韓国映画界の層の厚さと力強さを感じずにはいられない。
もう少し『怪しい彼女』の内容にも触れておく。正直なところ、“青春時代を振り返って胸キュン”なんて心境にはなかなかならないカサついた筆者の心に『サニー~』や『建築学概論』はあまり響かなかったが、『怪しい彼女』はちょっと違った。人間、いつ死んだっておかしくないのだ。それは決して年齢の問題ではなく、誰もに共通するこの世の原理。たとえ今の自分が何歳でも、これからも続く人生において今が一番若くて美しいに違いない。老けていてはもったいない。この映画はまるで、そう言ってすべての世代の人の背中をそっと押してくれているようだ。
▼作品情報▼
『怪しい彼女』
毒舌すぎて嫁をノイローゼに追い込むほどの曲者ばあさん、オ・マンスルは、あるきっかけで突然、ハタチの自分に若返ってしまう。そして若い姿のままオ・ドゥリと名乗り、抜群の歌唱力をテレビ局のプロデューサーに認められ、一躍スターの道を駆け上がっていくのだが…。
監督:ファン・ドンヒョク
出演:シム・ウンギョン、ナ・ムニ、ジニョン(B1A4)、イ・ジヌク、ソン・ドンイルほか
配給:CJ Entertainment Japan
2014年/韓国/125分
(C)2014 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved
7月11日(金)よりTOHOシネマズみゆき座ほか全国順次公開
公式HP http://ayakano-movie.com/