ワン チャンス

一歩を踏み出すということ~オペラ歌手ポール・ポッツの場合

ワン チャンス_メイン小2014年冬、ソチ五輪に熱狂した人も多いのではないだろうか? 私も、次の日の仕事を顧みずフィギュア男子・女子の深夜放送を興奮しながら見た。私が常々感心するのは彼らトップアスリートたちのメンタリティである。雑誌「COORiER JAPON(クーリエジャポン)」はこの時期に「心が強い人になるために」。~「優秀な人」が、良い仕事をするとは限らない。“勝負強い”といわれる人に共通する秘密とは。~と言う特集記事を組んだ。入学試験や就職活動、ビジネスシーンに至るまで、スポーツに限らずとも我々が直面する「正念場」は数多くある。強者のメンタリティ、そしてチャンスをものにできる人間とは? 本作の主人公も、チャンスを掴んで成功を収めた実在の人物だ。

ポール・ポッツ。イギリスのオーディション番組(後にスーザン・ボイルをも発掘した『ブリテンズ・ゴッド・タレント』)から世に出たオペラ歌手。携帯電話のセールスマンとして働く小太りのサエない中年男のサクセスストーリーと思いきや、意外にもサクセス部分は抑え目だった。彼は後に女王陛下の前で歌うほど大出世するのだけど、そのへんはサラリと触れられるだけで、物語としてはむしろオーディションに出るまでの方がメイン。『ブラス!』や『フル・モンティ』などイギリス労働者映画を思い起こさせ、一方で「チャンスとは何なのか?」を考えさせられる、地に足の着いた人間ドラマであったと思う。

子どものころはいじめられっこ。大好きな歌を学んだけれど大きな挫折も経験。歌で食べていけるわけでもなく、結局は家族や生活のために仕事を続けるポール。オーディション出場は、借金返済のためでもあった。

そんな彼を見て感じたのは、チャンスを掴んで成功した人間だって、ごくフツーなんじゃないか、ということ。最初から強いメンタリティがあるわけでもなく、特別に鍛えられたわけでもない。そもそも自信などあるわけない。第一線のプロだってお金と時間を費やして鍛えているのに、生きていくために労働し、疲労し、病気したりケガしたりするフツーの人間がどうして一端の自信など持てるだろう。フツーの人にとっては、挑戦しなければチャンスにすらならないのだ。チャンスをチャンスとするのは自分自身。自分なんて……と引いてしまうところを、一歩踏み出す。殻を割って別な世界に飛び込んでみる。大事なのは、そんな一歩なのではないだろうか(まあ 、本作ではポール自身よりむしろ奥さんの力が大きいのかも? 良い伴侶を得る縁はさらに重要なのかもしれない)。そして、たとえ夢敗れても、チャンスに挑戦した、あの時逃げなかった、ということを誇りに生きていけるのではないかとさえ思えてくる。

才能があっても努力を続けても、報われないことがあることは百も承知。でも、だからこそポール・ポッツの生き様はフツーの人の心の琴線に触れる。結局、「勝負強くなるための秘訣」なんてものはないのだろう。ただただ「一歩」を繰り返した者だけが、いつしか高みに到達できるのかもしれない。

▼作品情報▼
監督:デヴィッド・フランケル
脚本:ロビン・ムケルジー
出演:ジェームズ・コーデン、アレクサンドラ・ローチ、マッケンジー・クルック
2013年/イギリス・アメリカ/104分
(C)2013 ONE CHANCE, LLC. All Rights Reserved.
2014年3月21日(金・祝)TOHOシネマズ 有楽座ほか全国ロードショー
公式サイト:http://onechance.gaga.ne.jp/

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