『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義』リョン・ロクマン監督&サニー・ルク監督インタビュー

サニー・ルク監督(左)とリョン・ロクマン監督

 警察を扱った作品は香港映画の定番中の定番。華麗なアクションで魅せてくれるジャッキー・チェン主演作から潜入捜査ものまで、本数が膨大すぎて代表作を挙げるのすら困難だ。
 そんな香港警察映画の歴史に、新人監督2人が新たなタイトルを刻み込んだ。今年の香港電影金像奨(香港アカデミー賞)で主要9部門受賞に輝いた『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義』(10月26日公開)は、これまであまり触れられることのなかった警察上層部の権力闘争にフォーカスした知性派エンターテインメント。緊迫の人間関係を超豪華キャストで描いていることも話題だ。これからの香港映画を担う期待の星、共同で監督・脚本執筆を行ったリョン・ロクマン監督、サニー・ルク監督にお話をうかがった。


■徹底した情報収集でリアリティ追求

―当初は低予算で製作される予定が、名プロデューサーのビル・コン(『グリーン・ディスティニー』『ラスト、コーション』など)が脚本を気に入って、どんどん大きなプロジェクトになったとうかがっています。その執筆には9ヵ月もかけたそうですが、脚本段階でまずこだわられたところは?

リョン・ロクマン監督(以下、リョン監督):最初書いた脚本には、銃撃戦など一切出てきません。純粋に警察署の中の権力闘争や副長官2人の力関係を中心にしていました。

サニー・ルク監督(以下、ルク監督)一番難しかったのは情報収集です。特に、汚職捜査機関である廉政公署(ICAC)の情報収集が非常に難しかった。内部に友人が多いので警察の話であれば色々と聞けるのですが、 ICACにも友人はいるけれど守秘義務のためなかなか語ってもらえない。結局、ICACの取り調べを受けたことがある人に取材して、尋問のようすなどを聞き出して脚本に反映させました。

―リアリティと信憑性を大切にされたということですが、これまで数多く作られてきた香港警察映画にはなかった部分を具体的に教えてください。

リョン監督:アメリカの映画やドラマにはよく登場するのですが、警察内部のハイレベルな部分まで描写するのは香港映画にこれまでなかったこと。せいぜい、『インファナル・アフェア』で描かれた警部レベルまでですね。そこが1つのセールスポイントです。きっとアメリカ人の視点で香港映画を見れば、“FBIは撮ってるけど、大統領府の話には触れていない”という感じでしょうか。

■香港2大スターの共演

―これまでの香港映画には登場しなかった警察の高官像として、レオン・カーファイさんとアーロン・クォックさんを起用された理由と、それぞれの印象を教えてください。

ルク監督:脚本段階からこの2人をイメージしていました。片方はタカ派で、片方はインテリの文官。今の香港映画界でこのタカ派の「行動班」副長官を演じられるのはどう考えてもレオン・カーファイしかいないと思った。文官である「管理班」副長官のほうは、アメリカの映画に出てくるハンサムでスマートな同様の役柄のイメージを当てはめました。それで思い当たったのがアーロン・クォックです。

―アーロンさんはちょっと雰囲気がジョージ・クルーニーっぽいと思いました(笑)。一方のカーファイさんは、丸刈りに口ひげという独特のスタイルで、計り知れない怖さを感じるビジュアルですね。キャラクター造形には俳優2人の意見も取り入れたのですか?

リョン監督:アーロンはいつも頭を使っている役柄なので、こめかみのあたりに白髪を増やした部分を強調してイメージを作りました。カーファイについては、正直こんな大物俳優に「坊主にしてください」なんで私は怖くて言えません(笑)。実はこの作品の前に彼は時代劇に出演していて、ちょうどスキンヘッドだったんです。それがなかなか良かったので、このままでいこうという話になりました。

ルク監督:カーファイがかけているメガネは彼の私物です。日頃からメガネをかける人はいくつも所有してると思うのですが、カーファイもそう。最初はプラスチック・フレームのもので試したのですがイマイチで、このスチールのにしてみたらすごく良かった。彼の目がレンズを通して拡大されて、恐ろしいパワーが感じられる効果が出たんです。

―監督デビュー作に、ここまで豪華なキャストが揃ってしまうと、正直緊張はなかったですか?

ルク監督:長年、香港映画界で助監督をやってきたので、カーファイもアーロンもずっと前から知り合いでした。それで今回、私たちのデビュー作に出演するという話をプロデューサーが取り付けてくれた。すごく有り難いと思っています。クランク・イン前にキャストが集まって脚本の読み合わせを行い、意見があればその場で話し合いました。そういう作業を経た後だったので、現場はすごくスムーズに運び、何の問題も起きなかったですね。

■「マイケル・マンはOKなのに・・・」アクション撮影に非協力的な行政

―アクション・シーンについて。カーアクションからの銃撃戦など非常に見応えがありました。

ルク監督:オープニングのアクションはロケで撮りましたが、中盤のアーロンが陸橋にいるシーンは実はセットです。リアルに高速道路で撮った映像とCGで合成処理しました。銃撃戦はカイタック空港(旧・香港国際空港)の滑走路にカメラ6台を設置して、山を背景にして撮っています。

―行政は協力的でしたか?

リョン&ルク監督:とんでもない!

ルク監督:香港ではロケをしていると、「誰か発砲してる!」とすぐ人が通報して、警察が止めに来るんです。ところが、最近マイケル・マンが香港を舞台にロケをしました(新作“Cyber”)。賑やかな中環(セントラル)で道路を封鎖し、クレーン車を出動させる大掛かりなライティングで撮影していたのですが、それはOKなんですよ!外国人は良くて、我々はダメ。そんなのおかしいと私はいつもクレームしています。だって、マイケル・マンならセントラルの恒生銀行の正面玄関で100発発砲してOKなのに、私たちは2発でもダメなんですよ。政府の役人たちは自分たちの責任にされるのが嫌なんでしょうね。

―今、アクションに関してはルク監督が説明して下さいましたが、お二人の間で現場での役割分担のようなものが出来ていたのですか?

リョン監督:例えばですが、大勢の出演者が動くシーンを撮るときは、俳優たちの仕切りはサニー(ルク監督)がやってくれましたね。それで「あれ、あいつが出てこない」とか(笑)、俳優から脚本について質問を受けたりとか、そういう対応は私がやっていました。でも何とも言えないですね・・・現場は2人でもまだまだ忙しくて、もっとたくさん監督がいればいいと思います(笑)。

■続編を匂わせるラスト・シーン

―映画は続編製作を匂わすシーンで終りましたが、次回作のご予定は?

ルク監督:脚本を書いたときは、続編なんて考えてもいませんでした。

リョン監督:実は続編の脚本をもう3分の1くらい書いてるんです。

ルク監督:情報収集やリサーチにすごく時間がかかるんです。

リョン監督:この映画の脚本のときは無名だったので情報収集も楽だった。みんな結構しゃべってくれましたからね。でも、映画がヒットしたので、いま資料収集にいくとみんな黙ってしまうんです(笑)。

ルク監督:以前は会ってくれた警察の高官も、今は何度アポイントの電話を入れてもなかなか出てこなくなりました(笑)。

―では、あのラストシーンは最初の脚本からあったんですね?

リョン監督:そうなんです。最後まで見てくれた観客に、まだ怖いという緊張感を持ってもらうために、最初から入れていたシーンです。

ルク監督:そもそも新人ですから、映画が出来るかどうかも分からないのに、自信満々で続編も書いてるなんてそんな偉そうなこと出来ません(笑)。こちらとしては、上映が終わって映画館の照明がつき、観客が帰路につく時にもまだ熱気が残っているような映画を撮りたかったんです。

■「香港映画を忘れずにいて!」

―大陸との関係で、一時期、香港映画も中国向きに作られているような印象を受けましたが、本作のように香港映画らしい勢いを感じる作品が増えてくると嬉しく思います。お二人が思う香港映画の強みとは?

リョン監督:臨機応変さでしょうか。香港人はあんまり堅苦しくないので。踏まなくてはいけないステップを飛ばして物事を進めてしまう部分は逆に欠点でもありますが(笑)。

―日本には昔から香港の警察映画が好きなファンが大勢います。日本の観客にメッセージをいただけますか?

ルク監督:長年、香港映画を応援してくれてありがとうございます。最近なかなか皆さんをあっと驚かせられるような映画が少なくて申し訳ないと思っています。引き続き頑張って、もっと良い映画を作っていきたいです。

リョン監督:ぜひ香港映画を忘れずにいてください!一生懸命、これからも良い作品を撮って皆さんにお見せしたいです。


<取材後記>
 ルク監督は若い頃、銅鑼湾(コーズウェイベイ)にあった三越デパートの日本書店で「ロードショー」や「スクリーン」を毎号買って読んでいたそう。そこに掲載されていた“好きなスターランキング”について、「ハリウッド・スターは出演作の公開時期によって入れ替わるでしょう?でも、ジャッキー・チェンは毎月ランクインしてたんですよ!」と誇らしげに語ってくれた。今でも全て保管しているそうだ。
 名立たる監督たちの下で助監督として活躍してきたルク監督と、美術担当として香港映画を支えてきたリョン監督。監督としては新人とはいえ、香港映画を知り尽くした2人が今後どんな作品を生み出してくれるのか、活躍に期待が膨らむ。


Profile
リョン・ロクマン(梁樂民/ Leung Lok-Man)
美術部として映画界入り。『バグ・ミー・テンダー~恋と友情の物語~』(05年、ロー・チョーリン監督)、『コネクテッド』(08年、ベニー・チャン監督)、『イップ・マン 誕生』(10年、ハーマン・ヤウ監督)などの美術を手がける。本作で監督デビュー。

サニー・ルク(陸劍青/Sunny Luk)
93年に映画界入り。助監督としてジョー・マー、クラレンス・フォク、リンゴ・ラム、チャウ・シンチー、ゴードン・チャン、ダンテ・ラム、ハーマン・ヤウ、ダニエル・リー、バリー・ウォン、パン・ホーチョンなど著名監督たちの現場を経験したベテラン。本作で監督デビュー。





▼作品情報▼
コールド・ウォー 香港警察 二つの正義
原題:寒戦
監督・脚本:リョン・ロクマン、サニー・ルク
プロデューサー:ビル・コン、マシュー・タン、アイヴィー・ホー
出演:レオン・カーファイ、アーロン・クォック、チャーリー・ヤン、エディ・ポン、アーリフ・リー、アンディ・ラウ(特別出演)
配給:ツイン
2012年/香港映画/102分
(C)2012, Irresistible Delta Limited, Edko Films Limited, Sil-Metropole Organisation Limited. All Rights Reserved.

公式HP http://coldwar-movie.com/

10月26日(土)より、シネマート新宿他、全国順次公開