【TNLF】女の顔 ： 映画と。

映画祭の会場が、ご年配の方たちでごった返していた。イングリッド・バーグマンの根強い人気に驚いた。若いカップルが、この作品を観てつぶやいた。「昔の女優さんって、今の人たちより綺麗だわねぇ」昔の映画を再発見した彼らの言葉が嬉しかった。

これは、イングリッド・バーグマンのスウェーデン時代の作品。彼女22歳の頃である。本作は、ヴェネチア国際映画祭でも上映され、彼女の美しさは評判となり「この人をスウェーデン人にだけ見せておくのはもったいない」とニューヨーク・デイリー・ニュース紙に言わせしめた。監督は、グスタフ・モランデル。よほどバーグマンに惚れ込んでいたのだろう。この時代、このコンビで『日向で』『間奏曲』『ドル』『女の顔』『一夜限り』と、なんと5本を立て続けに映画を撮っている。『間奏曲』は、バーグマン、ハリウッド第1回作品『別離』としてリメイクされ、『女の顔』はジョージ・キューカー監督によりジョーン・クロフォード主演でリメイクされた。この時代にバーグマンの美しさ、演技の確かさは世界に知れ渡り、結局『風と共に去りぬ』のプロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックが、彼女との契約に成功する。

顔に火傷を負い絶望し、私の幸福はただお金のみという具合で犯罪一味の首領に収まり、日々恐喝を糧に生きている女アンナ。バーグマンの最初の登場シーンにまず驚かされる。暗い部屋の影から、つば広の帽子の下に見せたその顔は、口元は引き吊り、顔の半分が爛れている。『痴人の愛』(35年)のベティ・デイヴィスでさえ、ここまで顔は崩さなかった。最初にバーグマンの投げやりな感じの声だけ聞かせ、溜めに溜めて初めて見せた顔がこの顔。当時の観客はどれほど驚いたことか。

たまたま強請りに入ったところが、慈悲深い整形外科医の家だったことから、整形手術を受け美しさを取り戻したアンナ。彼女の心がどう変わっていくかというテーマは今観てもとても興味深い。元はフランスの舞台劇であるが、舞台をスウェーデンに移すことによって、その自然が大いに生かされた。すなわち、雪に覆われた村、凍った滝は彼女の心を表し、滝から落ちてきた水が深いところへ渦を巻くように吸い込まれていくさまは、立ち直りつつある彼女の、転落への恐怖をよく表した。「春がきたら告白したいことがある。けれども春がきたら氷が溶けた滝の音で、声がかき消されてしまう」アンナを好いた村の善良な青年のこのセリフも、彼女の運命を奇しくも予言したかのようだ。

美しさを取り戻しただけでは心は変わらない。その後は本人の生き方次第だ。これが本作のテーマ。アンナの心を溶かすのは、家庭教師として入った貴族の家の坊ちゃんである。「お休み前にキスをして」子供らしい無邪気なお願いに戸惑いつつもキスをしてあげる。その時の温かい感触に、彼女はむせび泣いた。世間の冷たさに晒され、復讐することしか頭になかった人生。人とのふれあいから見放されていたその人生。心の汚れた人たちの間で過ごしていた彼女は、無垢な心に触れ、そんなものがこの世にあったことを思い知るのである。

しかしながら、もしアンナが整形手術に失敗していたらどうなっていたか。美しさを取り戻しただけでは、人の内面までは変わらないのは当然だが、逆に取り戻せなかったら何も変えられなかったのか。現代の目で観ると、この戯曲にはそうした弱さがある。けれどもバーグマンの美しい顔を観ていると、そんなことはどうでも良くなってきてしまう。元々清らかな心を持っていたアンナは、ただその不運のために汚れてしまっていただけ。バーグマンの美貌が何よりもそのことに説得力をもたらしてしまう。そして、彼女の心の雪解けの日を心から祝いたくなってしまうのだ。これはそんな作品である。

---

▼『女の顔』作品情報
原題：EN KUINNAS ANSIKTE
英題：A WOMAN’S FACE
監督：グスタフ・モランデル
原作：フランソワ・ド・クロワセット
出演：イングリッド・バーグマン、トーレ・スベンベルイ
制作：1938年/スウェーデン／100分
1938年ヴェネチア国際映画祭特別推薦

---

☆関連情報

「トーキョーノーザンライツフェスティバル2013　～北欧の美しき光(映画)に魅せられる１週間～」

---

▼「トーキョーノーザンライツフェスティバル2013」概要
期間：2013年2月9日(土)〜2月15日(金)
場所：渋谷ユーロスペース
JAPAN PREMERE5本を含む14作品上映！今年も内容盛りだくさん、魅力いっぱいの「トーキョーノーザンライツフェスティバル2013」の詳細、イベント、最新ニュースについては、下記公式サイトでぜひご確認ください。
公式サイト：トーキョーノーザンライツフェスティバル 2013