【TIFF】『最後の羊飼い』マルコ・ボンファンティ監督インタビュー
(第25回東京国際映画祭・naturalTIFF部門)
住宅街やビル街を何百頭もの羊を連れて歩く、イタリア・ミラノ唯一で最後の羊飼いレナト。彼はミラノ郊外で妻と子供4人、そして犬や羊などの家畜と暮らしているが、羊を放牧させるため、一年の多くはひとり山小屋で過ごしている。子供の頃からの夢を叶えて羊飼いになったレナトの生き方に、マルコ・ボンファンティ監督は興味を抱き、彼についてのドキュメンタリーを撮りたいと思ったという。
今回のTIFFでイタリアから来日した、ボンファンティ監督とプロデューサーのアンナ・ゴダーノさんが、レナトさんのこと、そしてミラノ大聖堂に羊が大挙する圧巻のラストシーンについて秘話を語ってくれた。
—今回の東京での上映について、レナトさんはご存知ですか?
監督:はい。でも彼自身は映画を撮ったことすら、あまり自覚してないと思います(笑)。彼はただ、友達(監督)のために、友達が喜ぶことをやった、という感覚だと思うんです。
アンナさん:一年を通して撮影したのですが、大聖堂前で最後のシーンを撮った後も、レナトは「どう?いい写真は撮れた?」って言ってましたから(笑)。撮影をするうえで、実際は演出もして、レナトには監督が言ったとおりにやってもらった部分もあるのですが、映画を撮っているという意識はあまりなかったようです。ちょっと変わった人なんです(笑)。
—どうしてこの映画を撮ろうと思ったのですか?
監督:ミラノの街にやってくる最後の羊飼いがいるということを知り、興味を持ちました。羊飼いという仕事は最も古い職業のひとつですが、現代の時間の流れがそれを消し去りつつあります。最近の50年間で4000年の人類の歴史を変えてしまうほど、進歩してしまったことが恐ろしいと思いました。
ー演出されたのは、具体的にどのシーンでしょうか?
監督:(「それは秘密です」と笑いながらも、)レナトと出会って3日目ぐらいに「大聖堂に羊を連れて行こう」という、ラストシーンのアイデアが浮かびました。ミラノのシンボルである大聖堂広場に何百頭もの羊が現れるなんて“おとぎ話”のようだと思いましたが、絶対に撮りたいと思いました。レナトにそのアイデアを話したとき、それはすぐに彼の夢にもなりました。微笑んで「それはもう、やるしかないな!」と、すごく賛同してくれました。
—あの信じられないような光景は、「大都会の子供たちに本物の羊をみせてあげたい」というレナトの夢であるとともに、監督の夢でもあったのですね
監督:そうですね。撮影中はいつも彼と感情の交換が行われていたので、映画の中のレナトには、マルコ(監督)のイメージも多少投影されているかもしれません(笑)。
—大聖堂での撮影は大変だったのではないでしょうか?
アンナさん:最初に監督からそのアイデアを聞いた時は「絶対にムリだ」と思いました。でも実際は、あまりにもとんでもないアイデアだったおかげで、許可が下りたというのはあるかもしれません(笑)。ピサーピア新市長のはからいもあって実現できたのですが、技術的にはいろいろな問題がありまして、あれだけの羊を運ぶためのトラックを用意するのも大変でしたし、広場の敷石もそれほど頑丈ではないので、その辺りの心配もすごくありました。世界中からジャーナリストが集まってきたので、そういう点でも大変でした。最後のニュース映像はすべて、その時の映像です。
—レナトの姿に「アルプスの少女ハイジ」のイメージを重ねて見ていたのですが、上映後のQAで監督はレナトのことを“トトロ”のようだと仰っていて「なるほど!」と思いました。宮崎駿作品は他になにかご覧になってますか?
監督;はい、すべて見ています。私は日本のアニメや漫画をみて育った世代で、25年は見続けてきましたから、宮崎作品から受けたイメージはこの作品全体のトーンのなかにあると思います。レナト自身がトトロのような巨大な体格というのもあるし、ラストシーンで子供たちとともに夢を見るというのも、トトロの話からインスピレーションを受けたのかもしれません。
(取材後記)本作は今後トリノでも上映される予定で、正装したレナトさんの登場も計画しているのだとか。残念ながら彼はミラノで最後の羊飼いということだが、この映画のプロジェクトによって、大聖堂広場で実際に羊を見た子供たちや、映画を観た子供たちの中から彼の後継者が出てくれればと思う。レナトさんを語る時の、ボンファンティ監督の少年のような眼差しが印象的だった。本作は今年のTIFFで観た作品の中でも、忘れられない珠玉の一本になった。
▼作品情報
英題:The Last Shepherd
監督:マルコ・ボンファンティ
出演:レナト・ズッケッリ、ピエーロ・ロンバルディ、ルチア・ズッケッリ
製作:2012年/イタリア/76分
© Anna Godano / Gagarin / BBPProductions / Marco Bonfanti
【第25回東京国際映画祭】
開催期間:10月20日(土)~10月28日(日)9日間
会場:六本木ヒルズ(港区)ほか
公式HP:http://www.tiff-jp.net